君の人生、変えてあげる。 29
ここはもと「星ヶ丘女子高校」と言ったが、星ヶ丘は地名で、そして本当に丘の上にある。
近くの町並みから、少し離れた川の流れ、その向こうの山々、目を反対に転じれば、遠くのビルがおもちゃのように続いていた。
「眺めいいでしょう」
「うん、この街に住んでいたのに、こんな眺めがあったなんて知らなかった」
「…たっくん…」
飛鳥ちゃんはうつむいて、ポケットから何かを取りだした。
「これ、誕生日プレゼント…よかったら…焼いたんだ」
飛鳥ちゃんの手には、一袋のクッキーがあった。多少焦げているものがあったり、形が一定でないところで、飛鳥ちゃんが一生懸命作ってくれたんだ、ということが伝わってきた。
女の子からの誕生日プレゼント、なんて、幼稚園くらいだとあったかもしれないが、記憶にある範囲では無く、しかも手作りのクッキーをもらうなんて、もちろん初めてだった。
「あ、ありがとう…手作りのクッキーなんて、はじめてもらったよ…うれしいよ」
「うまくできたか…わからないけど」
「大事に食べるよ」
それは、本当に、大事に食べようと思った。
「眺めいいよね」
飛鳥ちゃんが僕の右隣に来て、山の方向を並んでみた。
「そうだね」
「…ねえ、天空タワーって行ったことある?」
「まだないな」
天空タワー。おととしできた、世界一高い電波塔。展望台とかいろいろな施設があって、結構混雑して、展望台は予約しないと入るのが大変、と聞いている。
「ねえ、よかったら、あさっての日曜…ひまだったら、行かない?優先入場の権利を2枚譲ってもらったんだ…」
…これって、もしかしてデートのお誘い…?
女の子と二人でどこかに行く、なんてこと、当然ながら今までにあるはずない。
飛鳥ちゃんの言葉を聞いて胸が高鳴った。
「うん、僕も特に予定ないし…一度行ってみたいと思ってた」
「ありがと。じゃあ決まりだね」
飛鳥ちゃんは嬉しそうに、笑顔で答えた。
教室に戻ったら、もう授業が始まる間際だった。
「たっくん、紙の時間割表ってもらった?」
「いや…もらってない」
実は、明日の授業の分は黒板の横にある時間割表から暗記していたのだ。
「じゃあ、これ、持ってて」
飛鳥ちゃんが、時間割表を渡してくれた。
改めてそれを見る。
月 1、英語会話 2、数学 3、英語 4、美術 5、理科総合 6、情報
火 1、数学 2、現代文 3、英語 4、理科総合 5、保健 6、体育
水 1、数学 2、古典 3、体育 4、世界史 5、現代文 6、HR
木 1、古典 2、数学 3、理科総合 4、現代文 5、情報 6、情報
金 1、体育 2、地理 3、美術 4、英語会話 5、数学 6、現代社会
土 1、英語会話 2、数学 3、英語 4、総合
授業が本格的に始まったのが水曜で、これから金曜の5時間目を迎えるところだ。
「この前の説明では『英語』でまとめちゃったけど『英語』と『英語会話』で分かれているの。『英語会話』はさっきのリサ先生が来るの。『英語』は、日本人の先生が頑張って英語で授業する」
「英語で?」
「文部科学省から『高校の英語は原則として授業を英語で行う』っていう指示が出てるでしょ」
「そうなの?」
前の高校は、そうではなかった。
きっとできないから省略していたに違いない。
「大丈夫。日本人の英語は聞き取りやすいよ」
「たっくん、いい?今日はここね」
莉緒ちゃんが次の時間のために、数学の教科書を示してきて、飛鳥ちゃんは席に戻った。