がくにん 62
影介と瑪瑙が揃って覗くと白髪混じりの額を中ほどまで禿あげた六十前後の男が気難しそうにこちらを睨んでいた。
幾度も液晶越しに見た事のある顔だ。
「…………分かりました。引き受けますよ―――瑪瑙はどうする?」
「わ、私もご同行出来るのであれば……」
逐一、己に選択をさせる影介の心遣いに顔を綻ばせた瑪瑙は遠慮がちに頷く。
「あら?ありがと。助かったわぁ……影介君との契約は学園の警備だから今回は微妙だったのよ」
「ん?………ああ、確かに。ま、サービスって事で……」
「わ〜いっ。キスしてあげよっか?」
「ん〜〜っ」と目を瞑り、顔を近付ける恵理を必死で抑え、影介は叫ぶ。
「ワザとやってるでしょっ、恵理さん!?め、瑪瑙もそんな顔をするな!恵理さんはその反応を期待してるんだぞっ?」
確かに交際は断られたが、それでも断った理由に反して目の前で双樹以外の女性とベタベタとするのだ、気持ちが良いはずもなく、瑪瑙は影介を刺すように睨んでいた。
「〜〜〜っ!ああっ………もう、授業が始まるのでっ、じゃあっ!」
影介はここには己の味方はいないと悟ったのか、屋上から逃げ出すように階下へと降りていった。
瑪瑙も恵理にペコリと頭を下げるとその後を追う。
一人、残された恵理はしばらくの間、吹き出して腹を抱えていたが、学校中に五限目の予鈴が鳴り響くとスーツの内ポケットからスライド式の携帯電話を取り出した。
そして手慣れたように右手の親指でカタタタッ、とキーを叩き、文章を製作する。
「……、……、…………。っと……送信っ」
文面を確認し、送信ボタンを押した恵理は携帯電話を元のポケットへと戻した。
「ふふっ♪今回の相手は『サーカス』。『宗像』にも『クラウンB』にも………因縁深いわよねぇ?」
恵理は妖しげな微笑を浮かべて二度、指を鳴らすと屋上を立ち去った。
そして、二週間後の金曜日。
三日を掛けて行われる葵坂学園の二大イベントの一つ、体育祭の初日が幕を開けた。
二年生の大会プログラムは一日目の午前にバレーとバスケットを行い、午後にサッカー、テニスを行う予定になっている。
二日目は一日目と午前、午後が入れ替わり、そして、最終日に各リーグ上位二組、計十二組が優勝を競うのであった。
現在、一日目午後………
グラウンドでは二年一組と五組、三組と七組のサッカーの試合(前半)が行われていた。
しかし、参加者を除くとグラウンドにいる生徒は二クラス合わせても十人前後しかいない。
理由は明白である。
校舎を中心にグラウンドから九十度ほど半時計回りさせた方向、テニスコートで女子の試合も同時進行しており、殆どの生徒はそちらを観戦しに行ってしまったのだ。
だからと言って、両チームの選手のモチベーションが下がった訳ではない。
本日の前半戦で華々しく活躍し、スコートを履いた女子よりも明日に行われる後半戦での己の戦果に興味を引かせようとむしろ、皆、たぎっていた。
「では、ミーティングを行おうか」