がくにん 65
三組がスローインを山手に繋ぎ、山手が影介の脚力を頼りに前線へロングパスを放り込もうとした瞬間、七組がバックラインを猛然と押し上げた。
通常相手ボールで足の速い敵がいる場合、キーパーとバックラインの間隔を調整しつつ少しずつ下がるのがセオリーである。
だが宗像との走り合いで勝ち目が薄いと判断した小平は、むしろバックラインを含め全体を押し上げて中盤を窮屈にする事で出し手となる山手の自由を奪い、宗像にボールそのものを渡さない戦い方を選択した。
バックライン全体を猛然と押し上げる一方で最前線にいる影介には常に二人掛かりのマークを張り付け、影介が裏に走り込む動きを察知した瞬間わざとマークを外してもう一段階ラインを上げてオフサイドに引っ掛ける……
一瞬でも判断が遅れれば影介に独走を許すが、瞬間瞬間の判断を即座に出来る霧島のライン統率を信頼した小平の無謀とも言える策によって、少なくとも山手の自由は奪われた。
――と、そのフィールドに立つ者のほとんどが思った。
それは影介もしかりだ。
だが、一人だけ、例外がいた。山手信友本人である。
「っとに、ウチのクラスは凄いな。逸材がゴロゴロと……」
相手の策で、攻撃の手段が失われているのは三組の選手も分かっていた。
それでも、ベンチ――酸漿戒からの指示は信友へのパスである。
陸上部所属の庄屋亮(ショウヤ アキラ)は自陣ゴール前で奪ったボールを仕方なく、信友へと送った。
正直、女子の観戦が皆無のこの試合に奮起しておらず、ミスもそれは戒の責任だ、と考えたのである。