がくにん 61
「いいえ、修羅場は………これからの学園生活です」
「………………ご愁傷様」
「………ありがとうございます」
一つ、重たい溜め息を吐いた影介を知ってか知らずか瑪瑙は尋ねる。
「あの、影介様……この方は………」
「ああ、瑪瑙には紹介しなくちゃな。今の俺の契約主でこの学校の理事長、愛染恵理――さんだ」
チラリと恵理の顔色を窺い、呼称を決める影介。
「よろしく、鼎瑪瑙さん」
「私の名を……ご存知で?」
「もちろんよぉ〜〜。これでも理事長だもの」
「成る程。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「ええ、こちらこそ」
一通り、自己紹介を終えたので影介は「それで――」と恵理に切り出した。
「何か用ですか?」
「私が用もなく訪ねたことがあった?」
「ええ、山ほど」
「むぅ、口答えなんて……可愛くないぞ?」
「そんな形容詞を喜ぶ男子高校生はなかなかいませんよ?」
「………………んもう〜。じゃ、本題」
恵理はスーツの内側の物入れから数枚の紙を取り出した。
「あの、影介様。私はいてもよろしいのですか?」
仕事の話しになったため、瑪瑙は自分が聞いてよいのかどうか影介へと尋ねる。
影介は即答した。
「構わない……っと言うか居てくれ。瑪瑙と組むよう親父にも言われている」
その言葉を受け、瑪瑙はコクリと頷いた。
「話しは纏まった?じゃ、お仕事の内容を説明するわ。今回、依頼したいのはある人物……いえ、拠点の警護よ」
「…………拠点?」
戦国の世ならいざ知らず、現代では余り耳にしない任務内容に影介は首を捻る。
「そう。今度、我が校で体育祭があるじゃない?」
「ええ。当然ですが俺や瑪瑙も参加しますよ」
「流石は優等生、偉い偉い♪好都合だわ」
恵理はおもむろに影介の頭を撫でた。
避けたり払ったりすれば更に面倒臭い事になるのでされるがままになる。
「それで、我が校ってこれでも全国的にも有名な進学校じゃない?しかも、運動部も全国区ばっかりのね。だから文科省の官僚や大臣その人まで体育祭を視察に来るのよ」
そこまで言われ、影介と瑪瑙は納得した。
現文部科学大臣、守倉仙山(モリクラ センザン)は与党幹部であり、全国規模の宗教法人の名誉理事でもある。
そんな彼に敵がいない訳もなく、つい二週間前にも自宅への発砲事件があった。
「たしかに……学内で暗殺でもされた洒落になりませんね」
「そうなのよ。ぶっちゃけね、私は守倉大臣に政治家として魅力をちっとも感じてないから死んだって構わないんだけど………学内で殺されちゃうと来年度からの受験生の数に響くからね」
「「………………」」
学生相手にシビアな意見を語る学園理事長に影介と瑪瑙はジト目で応える。
「だ、か、ら♪貴方たちには彼が視察に来る最終日に来賓席周辺を警護して欲しいの。そこに来るまでは彼のSPが守るらしいから別に良いわよ」
そう言うと恵理は当日の人員の配置図とプログラム、守倉大臣の顔写真を影介に渡した。