がくにん 60
影介は瑪瑙が何を言いたいのか分からす、彼女の名前を漏らした。
「そして、これからもきっと、変わることはないです。故に私は影介様が逢坂さんの弁当をお選びになられた時、悲しく……あのような愚行に走りました」
「……愚行?………ああ……」
瑪瑙が涙ながらに教室を飛び出していった事を言っているのだと影介は理解した。
「おそらく、私は……再び、このような行為を犯してしまうでしょう。なので、影介様。お気持ちをお聞かせ下さい。私は任務には邪魔、ですか?」
瑪瑙は影介を潤ませた瞳に収める。
「邪魔って………」
「私自身は正直、感情を制す事の出来ぬ忍びなど、足手まといになると思っていました。ですので、影介様に合わせる顔がなく……」
しかし、雛乃や戒の演じた小劇から受け取った「見方が違えば……」という考えに従い、瑪瑙は勝手にそう、思い込まず、影介に聞くことにしたのだ。
「……はぁ………なんだ、瑪瑙。そんなことか」
「……はい?」
「感情を制す事の出来る忍びなんていない。俺だって、親父だってそうさ。忍びに取って感情を制すというのは別に無感動、無感情になることじゃないんだ」
「?………??」
瑪瑙は訳が分からぬ、とその瞳で訴える。
影介は嘆息すると続けた。
「根本的に人間が感情に全く従わないで始終、行動することなんか出来っこない。つまり、俺たち忍びの者が感情を制するというのは任務の時、何かをどんなにやりたい、逆にどんなにやりたくない、と思っても任務上、ソノ行為をしたら任務失敗に繋がる場合、個を殺して任務を遂行するってことだ。決して、日常生活から感情を表に出さないってことじゃないんだ。分かったか?」
「………………」
瑪瑙は目を瞑り、深く考え込む。
「………それは……私が影介様をお慕いし続けても良い、と受け取ってよろしいのでしょうか?」
予期せぬ瑪瑙のその答えに影介は一瞬、顔をひきつらせるが、自分の言った言葉は確かにそういう事だ、と渋々ながら頷いた。
「ああ。だが、早めに諦めてくれよ?」
「…………嫌です♪」
「め、瑪瑙っ?」
ニッコリと極上の笑みを浮かべて返答した瑪瑙に影介は額から冷たい汗を流す。
(ああ、また……やっちまった。俺はどうして、こう………)
美しく成長した幼なじみについ、披露してしまった己のフェミニズムを後悔した。
自分がこのように育ってしまったのも全て父親の異常な女性重視教育の賜物である。
ここ最近、声すら聞いていない中年男を胸中で恨み、影介は目の前の少女との学園生活に少し、気を重くした。
その時―――
「お取り込み中?」
「「っ?」」
突如として開かれた屋上の扉から現れ、自分達に声を掛けた女性に影介と瑪瑙は揃って驚いた。
そのワインレッドのスーツに身を包んだ美女に見覚えのあった影介は目を白黒とさせる瑪瑙より、いち早く返答した。
「いえ、もう終わりましたけど……」
「そう?修羅場っぽかったんだけど……」