がくにん 58
「っ!……成る程。漸く、合点がゆきました。先程、ハムレット殿が激昂したのはオフェーリア殿が怨敵である叔父の差し金で己を誘ったと思ったのですね」
「そうなの。でも、実はオフェーリアも事情は知らなくて、父たちにハムレットは自分の色香で狂った、と嘘を吹き込まれて、目を覚まそうとしていただけなんだけどね。本当にハムレットの事を愛してたんだよ、オフェーリアは」
この先、『ハムレット』は悲劇的展開を見せるのだが、雛乃も戒もそれは口に出さなかった。
「つまり……甲斐殿が私に伝えたかったこととは…………」
一瞬、思案して言葉を纏めた瑪瑙は口を開く。
「………見方によって、各々の受け取り方が変わってしまう、という事ですね?」
「へ?」
「?…………違うのですか?」
己の回答に呆けた雛乃に瑪瑙は眉根を寄せた。
「っ!―――っ、っ、〜〜っ……そ、そそそうなの!私が言いたかったのはそれっ!ズバリ、ズバリなのよっ!」
「やはり、そうでしたか」
明らかに今の雛乃は挙動不審なのだが、瑪瑙はうんうんと頷くばかりで気が付かない。
「…………だから、鼎さんも一度、宗像君に真っ正面から尋ねてみるといい。ほら……」
「?…………ぁ、影介、様……」
戒が指先に視線を沿わして見つめた屋上の出入り口の扉の前に立っていたのは他でもない、影介であった。
「………瑪瑙、捜したぞ?」
「す、すみません」
「いや、いい。それより……酸漿さん、それと甲斐さんも。瑪瑙がお世話になったみたいで……」
「大した事はしてないさ。それよりも、今度こそ僕達は立ち去るよ。二人で話したい事があるだろう?」
「………ありがとう」
「ああ。では、また五限目に……ね」
そう言い残し、戒は雛乃の背中を軽く押して促すと屋上を立ち去った。
「ねぇ、戒?なんで宗像君は私の名前を知ってたんだろ?」
屋上から階下へ続く階段の道すがら、雛乃は首を傾げた。
「君は何かと有名だからね、当然だ。それより、雛乃さん―――」
「な、なななにかしら?おほほほ……」
ジト〜〜、と戒に見下ろされた雛乃は目を泳がせる。
「君は鼎さんに『ハムレット』から何を伝えたかったんだい?」
「………見方が違えば」
「正直に話さないか?」
「う、ううぅぅ〜〜」
言い訳は通用しない、と雛乃は俯いて話し始めた。
「………愛し合ってても……擦れ違うことがある、って」
「――――はぁ」
「か、かいっ?いま、溜め息ついた!?」
屋上と五階の丁度中間、部活動の勧誘や結果報告の掲示された六畳程の踊場で立ち止まると雛乃は戒に詰め寄る。
「雛乃さん。宗像君は逢坂さんとお付き合いしているんだ。それは鼎さんの事も憎からず思ってはいるんだろうがね。だから愛し合う二人が、なんて慰めは的外れもいいところだ。良かったね、鼎さんが勘違いしてくれて」
「………………さ、さっすがシェイクスピア!同じシーンでも幾つもの受け取り方を用意するなんてっ!」
あはは、と雛乃は渇いた笑い声を上げた。