がくにん 56
「ああ、思わずね。だから途中で止めたんだ」
「それでも、気になるのぉ〜〜」
雛乃はグイグイと戒の両頬を摘んだ。
そんな二人の会話を見た瑪瑙はつい、疑問が口から出てしまった。
「…………お二人はお付き合いされているので?」
「えっ?えっ?そう見える?だよね、だよね?見えるよね?」
「では、やはり?」
「うん、そうなの。私と戒は付き合って……」
「いない。君が彼方此方で言いふらすものだから、僕が大変な迷惑を被っている事を理解して欲しいね」
「ぶぅ〜〜……戒のイジワル」
「イジワルで結構。鼎さんも誤解はしないでくれ」
戒は掴みかかろうとする実年齢より遥かに幼く見える少女を両腕で防ぎつつ、瑪瑙へと懇願するような視線を向けた。
その眼から察するに言葉通り、大変な迷惑を被った事があったのだろう。
「しかし、それでも」と瑪瑙は呟いた。
「私はお二方の関係が羨ましい。私は影介様に幻滅されてしまった。もう、私には声をお掛けにすらなさらないかもしれない……」
「………影介様って誰?」
「宗像影介、僕のクラスメートで鼎さんの思い人だ」
ボソリと雛乃の疑問に答えると戒は続けた。
「僕の印象では宗像君は女性にそのような態度を取るタイプだとは思えないがね?」
「はい。戒殿の仰る通り、影介様は高潔です。ですが、それでも…………私は、影介様と逢坂さんとの関係は初見から薄々、感づいていました……」
ポツリ、ポツリと瑪瑙は屋上に上がり、思わず涙した経緯を話した。
誰かに聞いて貰いたかったのか、それともただ、事象を口にする事で己を納得させたかったのかは瑪瑙自身にも判らない。
「―――と、いう事です」
「ふ〜〜ん。感情のままに行動しちゃったから、その……宗像君?に嫌われちゃったと?」
「はい。その通りです」
「それって……おかしいよ。感情がない人間なんていないんだよ?」
首を傾けてそう言った雛乃に瑪瑙はフルフルと力無く、首を振って答えた。
「しかし、私や影介様はしの………ある特殊な家の出身なのです。その家の者は感情を制さなければならない」
「………………〜〜〜っ!」
雛乃はジィッと瑪瑙を見つめると唐突に立ち上がると屋上の中央へと歩いていく。
スゥッ……と彼女が息を吸い込むと発する雰囲気が一変した。
「…………ハムレット様。その後はずっと、ご機嫌はうるわしゅうございます?」
雛乃は誰もいない虚空を見つめ、澄んだ、よく通る声で叫んだ。
「っ?………??」
瑪瑙はいきなりの事に目を白黒させた。
そこには先程まで隣で幼げな笑みを浮かべていた少女とはまるっきりの別人、両手を胸の前で組み、祈りを捧げている淑女が佇んでいたからだ。
「………これは『ハムレット』のワンシーンなんだが……なるほど、ね」
戒は台詞を終えた格好のまま固まった雛乃を見つめ、一人で納得した。
「どういう、ことでしょう?」
「簡単なことだ。屋上が舞台、観客は君―――って事さ」
そう言うと戒も立ち上がる。