がくにん 55
そこには酸漿戒と自分と同じ葵坂学園の制服を着た美少女が給水タンクの設置された屋上より更に一段高い壁を背に、隣り合って座っていたのだ。
地毛なのだろう濃い赤髪をうなじの辺りでショートカットに揃えた、まだ幼さの残る少女に瑪瑙は見覚えがあった。
昨日、今日とこの少女は昼休みが始まるや否や三組に飛び込み、教室の隅で孤独を楽しんでいる戒を拉致していったのだ。
「彼女は甲斐雛乃(カイヒナノ)さん。二年一組に所属しており、僕と同じ演劇部だ」
紹介された少女はニパッ、と年相応の笑顔を浮かべ、小さく頭を下げる。
瑪瑙もそれに応え、姿勢のいいお辞儀をした。
(甲斐…雛乃………ああ、転校当日に組の女子が噂をしていた『四天王』の一角。む……確かに見目麗しい娘だ)
「こちらは少し前に僕のクラスメイトとなった鼎瑪瑙さんだ」
「甲斐殿。よろしくお願い致します」
「うん、こっちこそ……戒〜、こんな可愛い子が突然、転校してくるなんて――ラブコメだね♪」
「……甲斐さん。突然ではない転校など存在するのだろうか?」
「………………戒?」
先程の笑顔のまま雛乃は口を開くが、僅かに怒気が籠もっているのを瑪瑙は見逃さなかった。
鈍感なのか戒は気にせずに返答する。
「?………なんだい、甲斐さん?」
「………戒?」
「だから、何か用件が………………………………用件があるのかい、雛乃さん」
再び、名前を呼ぶ雛乃に戒は疑問符を浮かべ、聞き返そうとした。しかし、途中で彼女の言わんとする事を悟り、言い換える。
その答えが正解だったのだろう、雛乃はピョコンと立ち上がり、嬉しそうにポマードで固めた戒の頭を撫でた。
「………ほんとは呼び捨ての方が良いんだけどねぇ〜」
「か……雛乃さん。油が手に付くよ…………それはそうと、鼎さん?」
「な、なんでしょう?」
「泣いていたようだが、なにかあっのかい?……っ!い、いや、なに……ただの下世話だ。答えたくなければ答えなくてもいい。それどころか、僕達がこの場を去ってもかまわないよ。僕は孤独を親しみたくてね。それなのにこの同級生は妨害するんだ。たがら、君が来てくれて、感謝をしている。セクハラで訴えないでくれるのであればハグしてキスしたいぐらいだ」
「……は?」
瑪瑙は突如、饒舌になった戒に唖然となる。
「ああ、気にしないでね。戒は思わず不躾な質問をしちゃったから、焦っているだけなの」
ツンツンと戒の頬をつついて雛乃はまた、笑った。
本当によく、楽しそうに笑う娘だ、と瑪瑙は胸の内で呟いた。
すると「そういえば」と雛乃は続ける。
「鼎さんって泣いてたようだけど、どうしたの?―――あぅっ」
先程、自分が必死で取り消した質問と全く同じモノを繰り返した雛乃に戒は持っていた冊子を丸め、スコンッ、と赤毛の美少女を叩いた。
しかし、雛乃の反応から察するにそれ程強くは叩いてはいないようだ。
「うぅ〜〜……なにするのよぉ?」
「そういうゲスな質問は良くないだろう?」
「戒だってしたじゃん!」