がくにん 54
その時、影介の頭に悲しいそうな双樹の顔がよぎった。
どんなことであれ双樹の悲しむ顔を見たくない…
「ごめん、瑪瑙。今日は双樹の弁当を頂くよ。またいつか食べさせておくれ」
…とっさに出た言葉がこれだった。
「つっ!!」
その言葉を聴いた瞬間、瑪瑙は教室の出口へと駆け出していた。目頭に熱いものを感じながら。
実際の所、双樹の方の弁当を選ぶであろう予感はしていた。
しかし、その現実に直面した時に…まさか自分が…このような、振られた乙女のような行動をとるとは考えてもいなかった。
瑪瑙自身が己の行動に一番驚いていたのである。
そして選ばれたはずの双樹も瑪瑙の行動を見るや、自分の心が曇っていくのを感じた。
それは双樹がひどく優しい人間だったからに他ならない。
「影介君………」
「ああ、分かってる。分かっているよ……彼女には後でちゃんと話しをする。だから………そんな顔はしないで欲しい」
「っ?」
双樹は驚いたように顔を両手で触った。
自分の悲しみが顔に出ているとは思っていなかったのだろう。
「じゃあ、食べようか?双樹」
「…………はいっ。でも食べ終わったら……」
「ああ、瑪瑙に会いにいくよ。今回ばかりは嫉妬はしないでくれるか?」
「……今回だけ、ですよ?」
「勿論だ。じゃ、いただきます」
「はい、では私も……」
二人は合掌すると箸を手に取った。
「………はぁ……きっと私は影介様に完全に嫌われてしまっただろう。こんな、感情の一つも制せない忍びなんて……」
影介に自分の弁当を選んで貰えなかったのもショックだったが、瑪瑙は忍術の一環として精神訓練もしている自分が一時の感情に流されて愚行を犯してしまった事が一番、ショックであった。
トボトボと当てもなく、校舎内を歩いていた瑪瑙はふと、空が見たくなり、屋上へと向かう。
幼少の頃、影介と共に修行に明け暮れていた時に見た青空が綺麗だった事を、そして修行の合間に影介とその話しをした事を思い出したのだ。
今日の自分はどうかしている、と思いながらも瑪瑙は屋上へと出る扉を開いた。
サァ−……、と心地良い風に吹かれ、瑪瑙は空を見上げる。
澄み渡る青空、あの時と全く同じ―――
瑪瑙の頬を熱い液体が一滴、流れていった。
「……っ?…………ぅっ」
瑪瑙は自身が気付かぬ間に涙を流していた事に驚き、慌てて拭う。
その時、誰もいないと思っていた屋上に人の気配を感じ、瑪瑙は咄嗟に身構えた。
「…………ほ、酸漿殿……と、そちらは………」
その気配が己のクラスメイトのモノだと解った瞬間、警戒を解く。