駆ける馬 91
「ノーザンテースト産駒は牡馬でシャダイフェザー、ディクタス産駒は牝馬でダイナサッシュの子ですね」
「と言う事は・・・オークス馬の全弟ですか?!」
吉野の言葉に驚く真奈。
オークス馬、ダイナカールの全弟が売れずに残っているとか普通はあり得ない。
それにダイナサッシュの牝馬も恐らく良血だろう。
つまり・・・
あえて選んでくれた訳だ。
「良いのですか、こんな良血」
「いいのですよ、私どもはそもそも生産者なのですから」
吉野としては自分で所有して勝つのもいいが、生産馬が勝てばそれはそれでいい訳だ。
それは生産者としての立場がメインで、馬主は付属と思っているからだろう。
「生産者としては、ダービーを目標に馬作りをしているのですが・・・同じ配合でも違う結果が出る事もあります」
「それはよくある事です」
吉野の言葉にエリックが同意する。
シャダイフェザーの84は姉がオークスを勝ってはいるが、体格的に胴が詰まっていて短距離向き。
ダイナサッシュの84も同じように短距離からマイルが向きそうな感じだ。
ただどちらも素人に近い樹里が見ても惚れ惚れとする馬体だった。
「如何でしょう」
「本当にありがとうございます。本来ならいくら出しても持てないような子で…」
「いえ、これもシャダイソフィアを救ってくれたお礼ですよ。これでこの子たちが走ってくれたらそれ以上の恩返しになってくれるはずです」
こうして2頭の社来ファーム生産馬が樹里のもとにやってきた。
取引の手配をして涼風ファームにエリックと共に戻る。
エリックも一年弱の運転で車の運転もお手の物になっていた。
後部座席には樹里と真奈。
もう臨月とあって相当お腹が大きくて樹里も心配したが、真奈本人は気分転換になって良いと終始ご機嫌な様子だった。
「年明けには産まれるんですね」
「はい、裕美さんや百合も同じ時期になりそうです」
既に幸子と敦子の2人は出産していて、その赤ん坊も樹里は見た。
ハーフの赤ん坊の余りの可愛さに自然と頬が緩む感じであった。
「涼風ファームでは50年以上ぶりの男子誕生です」
つまり亡き慎太郎以来の事らしかった。
「男の子でも女の子でも、子供は可愛いものですね」
「本当にそうです」
そう樹里と話しながら微笑む真奈。
そして運転するエリックを見る。
「やっぱり外国産種牡馬の時代と言う事ですかねぇ」
笑って言う真奈の言葉。
近年、日本競馬も内国産種牡馬の殆どが不振で、勢いのあるのは外国産馬ばかりだ。
それに引っ掛けたのだろうが、エリック達の虜になった彼女らしい言葉だった。
「外国と日本の血が切磋琢磨して強い馬ができてこそ、競馬のレベルは上がっていくんだ」
ハンドルを握りながらエリックが淡々と話す。
「難しい日本語も覚えたのね」
「ああ、まあ、ほかの牧場の人が使うのを真似てみただけさ」
樹里にはエリックのちょっとニヤついた顔がうかがえた。
「エリックも随分日本人っぽくなったかもね」
「俺は英国人だ。………まあ、メシはこっちのほうが断然美味いけどな」
そして更にニヤニヤ笑いながら言う。
「飯以上に、日本の女が旨い」
その言葉にやや呆れ気味の樹里と満更でも無い真奈。
「旨いだけでなく、淫乱だ・・・淫らな女が多い牧場は栄えるしな」
それは彼らの持論なのだろうか。
彼らは単に性欲が強いだけでなく、あえてそうしているようにも見える所がある。
それが世界的な一大産地アイルランドの流儀なのだろうか。
「単にヤリたいだけなのでしょ?」
「否定はしない・・・マナもサチコも良い繁殖牝馬だしな」
繁殖牝馬と言う呼び方ってどうかと思うが、言われた真奈はどこか嬉しそうにしている辺りそれでいいのかもしれない。
「俺達の子はジュリの助けにきっとなるしな」
「期待はしてるけど、子供の人生は子供のものよ」
「俺達だってそうだが・・・俺達の血が入ってるからこそ、この仕事に魅せられるさ」
父親の顔をしながらもそんな事を言うエリック。
だが、それはまだまだ先の話だ。
そして、いよいよ年末の大勝負。
有馬記念が今年もやってくる。