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駆ける馬
官能リレー小説 - スポーツ

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駆ける馬 50

同じ関西の騎手だからよく知ってる。
知ってるのだが分からない・・・
それは言葉通り、何をして来るのか分からないのがこの田沢と言う騎手なのだ。
独特の感性と閃きで変幻自在なレースをする曲者であるが、その騎乗技術はトップクラス。
言動も突拍子が無く、もう一つの異名が『孤高の天才』であった。

マサヒコボーイのような追い込み一辺倒の馬だと戦術は普通は想像できるのだが、この田沢にかかると摩訶不思議な仕掛けで魔法がかかったように馬が変わる事もある。
だからこそ読めない人なのだ。

その様子をじっと見ていると、シロノライデンの少し前の内ラチ沿いをまるで気配を消すかのように走っている。
つまりシロノライデンはその少し外を回らされているので少しロスがある訳だが、逆にこの位置にシロノライデンが居ればマサヒコボーイは抜け出す隙間が無くなる可能性が高かった。

だが、勝負の4コーナーでマサヒコボーイが動く。
前を気にせず田沢が鞭を入れたのだ。

前は壁・・・
そう思った澪の目の前で内ラチに隙間が出来る。
その瞬間、背筋が凍りつくように感じた。

理由は先頭にあった。
スズカコバンがスタミナの限りを尽くして走った為に少しヨレたのだ。
それを追いかける集団も少し外に振られる。
これがあるのを理解していたように開いた内ラチに田沢はマサヒコボーイを突っ込ませた訳だ。

以前シロノライデンの乗り方でアドバイスを田沢に受けた事があった。
その時『ペースがトントーンと行ったら、グイーンと内突っ込んでドーンとやってババンと行けばいいんや』なんて理解不能な事を言っていたが、それがまさにこれなんだと戦慄してしまった。

だが、澪は歯を食い縛る。
シロノライデンはまだその時で無い。

直線に入ってマサヒコボーイは先頭集団に取り付く。
スズカコバンは粘りを見せるが勢いは見えない。
澪はそんな中、満を持してシロノライデンに合図を入れる。

重戦車が唸りを上げて加速する・・・
まさにそんな表現が合う豪快な追い上げ。
マサヒコボーイが開いた穴に巨体を突っ込ませ馬群を割っていく。
天才の通り道をトレースしたのだ。

追い出しを始めるとシロノライデンはグン、と勢いに乗って加速する。
先に動いたマサヒコボーイとも比べ物にならないスピードで馬群をさばき、そのマサヒコボーイは一瞬でかわし前を行くスズカコバンも交わし一気に先頭に立つ。

メジロトーマスも伸びはなくシンブラウンは必死に追うも2着がやっと。
マサヒコボーイはその後ろまで迫るのが精いっぱいだった。

ゴール板を先頭で駆け抜けたシロノライデン。
直線一気の豪脚こそがこの馬の成長の証だった。

ウイニングランで鬣を優しく撫でる澪。
一年前、初めて会ったシロノライデンはもっさりとした身体が大きいだけの馬だった。
調教でも怠ける癖や遊ぶ癖があり、性格は大人しいものの厄介な所もある馬だった。
それが今や見違えるように変わってきた。
これなら大きなタイトルも・・・
そんな予感を感じさせるような勝利だった。

その澪にマサヒコボーイが寄せてくる。

「いい真似方やな」

愛嬌のある無邪気な笑み。
田沢が澪に声をかける。

「ありがとうございます!真似させて頂きました!」
「アカンで・・・俺のアレをあないやったら先生がガァーってなるで」

相変わらず意味不明な擬音のみの言葉。
この天才の言葉が理解できれば自分もその域に近づくのかもしれないが・・・
全く分からないよと澪は心の中で泣く。
関西の記者泣かせで評判が悪いと言うが、こんな発言しかないからそうなんだろう。

「いいレースやったな」
「ありがとうございます。うまく馬群の間を割ってくれました」

装鞍所で、迎えた仁藤に澪は一礼してシロノライデンから降りる。
やり切った感のあるいい笑顔だ。

「次はもっと強い相手が待ってるので気を抜かずに頑張りたいと思います」

勝利騎手インタビューで澪はそう答えた。

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