駆ける馬 374
最終コーナーに入り、逃げ馬にカコイシーズとインザウイングスが距離を詰め、そのまま逃げ馬を交わしていく。
クリークもアサティスと共にそれを追いかけて、5番手程の位置につける。
だが逃げ馬の失速もあり、外を回らされてしまった。
やられたと内側を見る悠。
クリークの内側には、上手く潜り込んだアサティス。
初めてのコースであるのに、勝負所を嗅ぎつけて仕掛けてくる所は流石は名手柴原だ。
目だけ笑って悠を見る柴原は、まるでこうやって乗るんだよと言っている様に悠には見えた。
それでも、悠はクリークを信じるしかない。
一度アスコットで走れた経験が人馬共にある。
前回負けたと言えど僅かな差。
その僅かな差は大きいとは言え、そこまで迫れたのは大きい。
特に彼が乗ったイナリワンやオグリキャップ達は、世界レベルに達したライバルだった。
それと対戦してきた自負がある。
そのオグリキャップもアメリカ遠征の話があったが、体調不良で流れたのが残念だった。
だが恐らくオグリもアメリカでいい勝負ができただろう。
オグリとの直接対決が流れて残念に思っているファンは数多といる。
オグリで出来なかったことを、クリークで…
悠は残りの距離を計りつつ、手綱を強めに動かした。
内からカコイーシーズ、インザウイングス、さらにアサティス。
先行好位追走馬たちの競り合いが繰り広げられる。
クリークが外から並べそうな位置まであと少し。
後方から追いかけるオールドヴィックとベルメッツ。
そのオールドヴィックとインザウイングスはサドラーズウェルズ産駒。
大種牡馬ノーザンダンサー産駒で現役時はマイルから中距離路線でG1を3勝。
競走馬としては大物と言い難い成績だったが、種牡馬としては初年度2歳世代からシーニック、プリンスオブダンスとG1馬を輩出し、クラシック世代からはインザウイングスとオールドヴィックが活躍。
更にその一つ下の世代からは英オークス勝ち馬で近年では欧州最強級との呼び声が既に出ているサルサビルを輩出していた。
今年の2歳世代が3世代目となるが、既にノーザンダンサーの後継大種牡馬と言われ始めているのだ。
因みにヘンリーは、サドラーズウェルズが日本に向かないと見ていた。
無尽蔵のスタミナとパワーを仔に伝えるが、他のノーザンダンサー産駒と比べてスピードの遺伝具合は高くない。
典型的なヨーロッパ血統が全く日本に合わない訳では無いが、スピードの遺伝能力が弱いと成功しにくいと言うのがヘンリーの見立てだった。
そんなインザウイングスが直線に入りカコイシーズを交わして先頭を伺うのに合わせて、クリークにも鞭が入る。
抜け出しを図るインザウイングスに対して真っ向勝負、同じくらいの勢いで並びかけていく。
クリークとて系統は異なるものの欧州のスタミナを十分すぎるほど受け継いだ血統。
そして前走のリベンジもあって、インザウイングスは絶対に負けたくない相手だった。
しかし速いペースに乗じて脚を伸ばしてくる後続勢もいる。
そして最後の直線の上り坂。
この過酷な上り坂に各馬の脚は鈍るが、クリークの脚は力強い。
アサティスより力強く伸び、カコイシーズとインザウイングスを直線半ばで捉えて交わし切る。
先頭に躍り出たクリークに内からオールドヴィックが馬体を合わせて並んでくる。
だがクリークも譲らない。
一度は少しオールドヴィックに抜かれたクリークだったが、更に加速して追い越し返す。
だがオールドヴィックも負けてはいない。
英ダービーの裏路線と言える仏愛ダービー勝ち馬だが、その実力は本物。
類稀なる闘争心でクリークに食らいつき再び抜かそうと追い縋る。
これには悠も痺れる。
これこそが本当の死闘・・・
今までオグリやイナリと繰り広げてきた死闘がここでもできる。
つまり、クリークと共にワールドクラスで死闘が出来ている事に痺れたのだ。
その壮絶な叩き合い。
ゴールまでは後僅か。
クリークもオールドヴィックも譲らない。
だが、勝負を終わらせたのはその2頭では無かった。
その更に内側からスルスルと2頭を抜かした馬がいた。
それはノーマークのダークホースであった。