アクアパッツァが軽快に逃げ、ヤマタケサリー、エイシンサニーが先行集団で続く。
ディザイアは後方から僅かにポジションを上げ、ツルマルベッピン、イクノディクタスらがひと塊となる。

悠が作り出す絶妙なペースは先行有利という見方が強くなり、それでいて後続がなかなか動けないジレンマを生み出す。

厭らしいぐらい上手いよなと松中はまた心の中で呟く。
普段は可愛らしい後輩然としている悠だが、馬に乗らせると並のベテラン勢より戦術が老練なのだ。
普段は仲が良い関係だが、レースでの悠は大嫌いだった。

それだけに勝ちたい気持ちが強いのだが、早めの仕掛けは悪手だ。
気性の難しいディザイアを上手く走らせるコツは、彼女の気分を高めていく事だと松中は思っていた。
後方で待機するフラストレーションで気持ちが高まるタイプで、それ故に後半凄まじい爆発力を発揮できる。
逆に変に早く仕掛けてしまうと臍を曲げてしまう所もあった。
これまで３戦コンビを組むだけでなく、調教でも跨ってそんな彼女の特性を把握してきた。
無論、自厩舎の馬であるから悠もディザイアの事は把握しているだろうが、こちらはレースで乗るからこそ知り得た事も多い。

悠は上手くディザイアの瞬発力を封じたつもりでいるだろう。
松中とてこの状況で取れる作戦は多くない。
恐らく大外強襲だと届かない可能性もある。
届かせるなら内側に切り込みたい。

ただ、内へ持っていくと起きる懸念はアクアパッツァのすぐ後ろにいる集団が後退してくるのに巻き込まれないか、うまく持ち出せても直線前が壁にならないか……

やってみるしかない。
やって駄目なら仕方ない。
松中は腹を括って後方馬群のインコースを選んだ。

アクアパッツァが先頭で4コーナーのカーブ。
こちらも内ラチにピッタリのコースを選択した。

自分のペースで逃げながらしっかりインを確保。
ここまでは完璧な騎乗だ。
十分に余力を残し直線に入る。
だがまだ油断はできない。

やや歪な形の阪神競馬場は、ややテクニカルなレイアウトの競馬場だ。
ローカル並みのコーナーリングを要求されながらも、直線に坂を備えたタフな設計・・・
前後どちらのポジションでも有利は無く、実力のある馬しか勝てないタフなコースであった。

故にここまで完璧にレースを進めている悠とアクアパッツァであっても、最後の坂を越えるまでは油断できない。
この坂で思った以上に脚を消耗して差し切られるパターンはかなり多いのだ。

逆に瞬発力だけあってもパワーが無ければ決して届かないのもこのコースの特徴だ。
幸いと言うか牡馬顔負けのパワーのあるディザイアにとっては、このコースとの相性は悪く無いと松中は見ていた。
故に内側にコースさえ空ければ、アクアパッツァを捉まえれると思っている。

そしてその直線・・・
アクアパッツァはディザイアの遥か前。
だが、そこに至る内側の道が、ディザイアの前に開かれていたのだ。

松中は思わず笑ってしまった。
どうやら運があったらしいと。
そしてこれなら勝てると。
迷わずそのスペースにディザイアと共に突っ込んでいき、追い出しを開始する。

アクアパッツァには余裕がある。
直線に入っても手ごたえは十分あった。
後続との差を直線でやや広げていたほどだった。