駆ける馬 302
プラニフォリアの脚元には何の問題もなく、秋までリフレッシュさせるのを目的に涼風ファームに放牧することになった。
放牧地の一角、休養中の競走馬が集まる施設にはスターホースたちが一同に会することになり、多くの観光客もやってくる。
人気なのはもちろんオグリキャップ。
そのオグリキャップはオールカマー、スーパークリークは京都大賞典と復帰戦に向けメドが立っていた。
その2頭はもうすぐ栗東に戻り調整に入る。
それは嬉しい事だが、オータムリーヴスの方が若干問題を抱えて帰ってきていた。
オータムリーヴスは春先から度々フケ(発情)を見せるようになり、最近はどんどんと神経質になってきていた。
能力があるから今の所レースでも走れてはいるものの、主戦の悠が言うにはかなりイライラしながら走ってる感があるらしい。
牧場に帰り落ち着くといいのだが、もし治らないのであれば今後の進退も考えるべき状況と言うのは寛子からも聞いていた。
特にこの母親のアキネバーは、シロノホマレを通じて牧場の基礎繁殖牝馬まで行き着く系統の活躍馬とあって、本来は繁殖の方が大事な仕事となる。
その為に悩む樹里だが、リトルウイングやガステリア共々、経過を見ての判断と考えていた。
そんな悪い話がありつつも、良い話もある。
涼風ファームでは今年の新馬は牝馬の当たり年と言われていた。
一番期待していたキャンペーンガールは恐らく競争能力喪失と言う状況だが、まだ期待の新馬がいる。
一頭はウィンドフォールの妹、シーテイストの87。
ブレイヴェストローマン産駒で均整の取れた馬体の栗毛で随分早く仕上がってきた。
もう一頭はノースウィンドの妹ととなるアキネバーの87。
こちらはミスターシービー産駒の鹿毛で、兄と違い芝が得意そうな感じの瞬発力豊かな馬だ。
どちらも濱松厩舎に預けられデビューに向けて順調に調整されていた。
この2頭に合わせてキャンペーンガールでクラシック戦線を戦うつもりだった樹里だったが、残念ながらキャンペーンガールが競争能力喪失でリタイア。
残る2頭でやっていく事になった。
その中でもシーテイストの87は仕上がりが早く、母の名前から因んでアクアパッツァと名付けられ早々にデビューを迎えていた。
デビューの舞台は開催週の小倉。
ダート1000mで鞍上は結婚式を終えてすぐの悠だった。
イナリワンで宝塚記念を制し、更に結婚でノリに乗っている悠。
濱松厩舎期待のこの馬は、普段の調教から乗っていて癖も分かっている。
悠がアクアパッツァに跨って最初に得た感想は「とにかく前向きな性格」。
馬房から出されたらそれと同時に走りたいという欲が高まる少々やんちゃなところを持った馬だという。
とはいえ、同じ父の仔で「女王様」と呼ばれていたフルダブルガーベラのような気性の荒っぽさはほとんどない。
故に悠もすぐに彼女のことは気に入った。
小倉ダート1000mは平坦で直線も短く基本逃げ先行有利。
スタートダッシュも加速もありそうで前向きな性格のアクアパッツァにはまず適した条件ともいえる。
そんな性格も考慮してのこのレース。
スタートと共に猛然とダッシュ。
悠は落ち着かせるより、無理に抑えない方向でいた。
逃げて先頭で走る形になる。
勿論、競馬を覚えさせて控える戦術の方が無難なのはあるが、前向きなこの馬の性格から無理に競馬を覚えさせないつもりでいた。
ペースは悪くない。
2番手はすぐ後ろだが、ムキになる程ではない。
先手を取るのが有利な小倉ではあるが、無理に競ろうと言う馬は特にいない。
頭数も8頭で馬群はほぼ塊のまま。
コーナーに差し掛かるが、手前変えもスムーズでコーナーリングも上手い。
牧場でしっかり育成されているのは感じていたが、器用で柔軟性があるからこそ、これだけいいレースができると悠は体感していた。
コーナーに入っても仕掛けてくる馬はなく、淡々と進んでいく。
悠も特に仕掛けず、コーナー出口を後続まで1馬身差で通過していったのだ。