駆ける馬 232
本当にこれは言える訳が無い。
ため息混じりの澪であったが、実の所嫌では無い気持ちの方が強かったのだ。
そして年が明ける。
好景気真っ只中の日本。
競馬界も例外ではなく、馬主達の羽振りも良い。
樹里の率いる白幡グループも、今季は大幅な最高益を出すのは確実なぐらいであった。
樹里の場合は個人としては質素ではないものの、贅沢と言う程は使わないのだが、その分を馬に回している。
最初は父の死と共に馬主業も辞めようと思っていたのだったが、気がつけば父親以上にのめりこんでいるのだった。
しかも白幡グループが好調なのもあって、馬主業どころかブリーダー業にも文句を言う者もいない。
涼風ファームもかなり拡張して経費が以前よりかかるのだが、それすら誤差の範囲と言える程に好調な業績なのだ。
「今年は質の良い繁殖牝馬を入手したいな」
年が明けて樹里が涼風ファームに訪れるとエリックがそんな話をする。
やや疲れ気味の様子のエリックだが、連日サクラスターオーの看病に奔走していたからだ。
そのスターオーの様子は、まだ予断を許さないぐらい厳しい。
ヘンリーやラルフにジョン、地元の獣医の協力も得ての大手術だったが、それでもまだ安心はできないのだ。
樹里はそんなエリックを労いながらも彼の思い描くプランの話に乗る。
「お姉さんのところから譲ってもらうとか?」
「まあ、それもひとつの手ではある」
今年はあちこち自分の目で見てみたいと思っていたエリックだったが、その矢先にサクラスターオーのことが起こってしまったのだ。
サクラスターオーの手術は上手く行ったものの、やはり動物をじっとさせるのは難しい。
まだ体力があり気性も大人しいとは言えないサクラスターオーが暴れた為に脚の状態が悪化。
そんな状況だからエリックはあえてサクラスターオーの体力を削ぐ方法を取ったのだ。
それは諸刃の剣・・・
体力が削がれると馬が大人しくなるだろうが、逆に生存する力を奪う事になる。
それ故エリックをして難しい事になっていたのだ。
それ以外に幸子達の出産を控えていたりと、サクラスターオーだけにリソースを割けない状況なのだ。
ただ忙しいとは言え、希望があるからこそ未来の話が出てくる訳だ。
「まあ、どうにかするさ」
「期待しているわ」
そんな話をエリックと樹里はしたのだった。
年末に初勝利を挙げたスーパークリーク。
年明けの1戦目は4着。
乗った悠の感想は、まだ本気で走ってないと言うものだった。
クリーク自体は好調だと言うのもあり次走は間隔を置かず、きさらぎ賞を目標とする事になった。
今年の樹里の所有馬は国内ローテ中心で行くことを決めていた。
リュウノラモーヌとフルダブルガーベラという2頭のエースがともに引退して、次の世代に向けた繋ぎのシーズンになると思っている。
リトルウイングが京都記念、オータムリーヴスがチューリップ賞、プラニフォリアはフラワーカップといった具合に始動戦も定めている。
そして2月。
きさらぎ賞のスーパークリークは3着。
遊びながらでも3着を取ってしまう能力は凄いのだが、クラシックの出走する為の賞金が足りない。
その為に少し過密日程になるが、次走は3月のすみれステークスが予定された。
京都記念のリトルウィングは菊花賞以来の久しぶりのレース。
このレースをステップに大阪杯、天皇賞の出走を予定している。
菊花賞直後は疲労で体調を落としていたものの、休養を挟んで馬体が見違える程に回復していた。
3度成長すると言うノーザンテースト産駒だけに、古馬になって更に成長した感がある。
ここは勝って当然の雰囲気があった。
鞍上の澪も好調そのもの。
今年は去年以上のスタートダッシュを見せて勝っていた。
だが、全国リーディングで僅差の2位・・・
その澪の上を行く勝ち星を挙げているのが舘悠だった。