アイドルジョッキーの歩む道は 6
ジェイエクスプレスがヨシダッシュの隣に並ぶ。
谷口が外側を見やって、手綱を扱く。
やっぱり来たか。
碧の目には、彼がそう呟いたように見えた。
ヨシダッシュには並んでも簡単には抜け出させてくれない粘りがある。
ここからはもう、鞍上込みでの根性比べだ。
しかしそこにもう1頭。
大外からダイリキセブンが猛然と追い込んできていた。
「北の剛腕」と呼ばれる名手、兼山久光がダイナミックなフォームでヨシダッシュとジェイエクスプレスのすぐそこまで迫ってきていた。
3頭の接戦。
コクブファイターとエスケーシャークはそれから3馬身以上後方に置かれてしまった。
必死に追う碧、それは谷口にも、兼山にも同じことが言えた。
ゴール前、3頭が並んだ。
『最内粘ったヨシダッシュ、真ん中ジェイエクスプレス、大外追い込んできたダイリキセブン、3頭ゴール前全く並んで、これはわかりません!』
1コーナーまで流していく馬上で兼山が角ばった男らしい顔で天を仰ぐ。
「届いてねえ・・・」
ジョッキーだからこそ分かるゴールでの位置取り。
まだ掲示板には順位は出てないが、届いた感触は兼山には無かった。
「いや、オッサン二人、嬢ちゃんにやられたな」
「タニさん、俺まだ三十代ですぜ」
谷口が兼山に馬を寄せながら飄々と笑うと、兼山は苦笑混じりに先輩に答える。
競馬場こそ違うものの、共に地方で競い合ってきた戦友の仲である。
「おいらはサンデーなんて嫌いなんだよ!・・・セントサイモンになっちまいやがれ!」
「タニさん、そりゃああんまりですわ・・・最近地方にもサンデー系が幅利かせてきたけど、このセブンもいい馬なんですぜ」
地方競馬とは言え、日本伝統の血統や地方に根付いた血統は激減している。
二人が視線を向けるジェイエクスプレスは欧州血統だし、兼山のダイリキセブンはサンデー系だ。
谷口のヨシダッシュの血統は、恐らく滅び行く血統なのだろう。
しかし、血統云々は別にして、いい馬はいい。
それを認められない二人ではない。
ジェイエクスプレスをねぎらうように首筋を撫でる碧に二人は近付く。
「嬢ちゃん、まんまとやられたよ!」
「あれで届かないとは恐れいったぜ!」
名手と剛腕の祝福に碧はきょとんとする。
まだ結果は出ていないし、勝った感触はなかった。
むしろこの二人には競馬の怖さを改めて教えられた気がする。
「でも、まだ・・・」
そう言いかける碧だったが、スタンドの方から歓声が聞こえて言いよどむ。
そして、掲示板には大きく12番の文字が1着に・・・
ジェイエクスプレスの勝利だった。
2着のダイリキセブンからは首差であったのだ。
「勝ってる…」
馬上で碧は放心状態。
「嬢ちゃん、おめでとう」
「中央でも頑張ってこいよ!」
「はい…ありがとうございます!」
名手2人に称えられ、碧はようやく笑顔を見せた。
装鞍所に引き上げてくる碧とジェイエクスプレス。
それを待っていた紗英と美波もいつもより感慨深い表情だった。