tokubetsu 7
保護司の江口が、病院で初めて龍之介と対面した時、
彼がこれまで、これほどまでの過酷な環境に身を投じていたとは、とても思えなかった。
龍之介はどこから見ても普通の18歳の青年と、何ら変わりは無く見えたのだ。
最も多感な思春期に毎夜毎晩、男たちに奉仕せねばならなかった、
そんな影は微塵も感じさせない、そんな凛とした強さを龍之介は持っていた。
それはオリンピックアスリートたちのセックスを感じさせない、そんな清々しさにも共通する、
老若男女、誰もが好感を抱くだろう…そんな印象を、江口は受けたのだ。
初め、数人の青年たちと一緒に、連れて来られた龍之介を見た時には、
この青年が性的行為を虐げられたのは、せめて二・三回のことだろうと憶測し、
この清潔さを失う前に、彼を悪徳な業者から引き離すことができて、よかったとすら思ったのだ。
それほどに龍之介は汚れなく見え、まだ童貞と言ってもいいほどの、初々しさを持っていた。
しかし、江口が龍之介に抱いたその第一印象と真実は…かなり異っていた。
2年もの間、駆使され続けた龍之介の身体は、ぼろぼろだった。
病院で身体検査を行った医師は、その身体を見て、言葉を無くした。
あばらが浮き出た身体に・・腫れ爛れた乳首が伸びていた。
無毛の陰部から垂れる陰茎は、亀頭を隠すように皮が伸ばされ・・その先端にはピアスが止まっていた。
尻の括約筋は締まりを失い・・ソコには女性用のナプキンが宛てがわれていた。
「2年も…?」
医師から報告を受けた江口は自分の耳を疑い、目を見開いた。
「はい。藤原龍之介の身体のダメージは相当なものです。
16の少年期から丸2年、おそらくは休み無く陰茎を弄られ、後孔を使われ続けたのでしょう…」
江口は然と立ち竦んだ。
今迄、自分が培ってきた第一印象の的確さが、音を発てて崩れ去った。
ガラス窓越しに仲間たちと談笑する、龍之介の屈託のない笑顔が見えていた。
こんな青年が、そんな過酷な性生活を虐げられていたのだ・・・
遣る瀬無い憤りが込み上げ、怒りの感情が身体を震わせた。
江口はコンクリートの壁に向かい、思いっきり拳を放っていた。
「早速、ピアスは取り去り、皮の中を清潔にしましょう。
あんな物が付いていると、勃起時には相当な痛みが伴った筈です。」
保護司になってから、まだ日も浅い江口にとって、
藤原龍之介との出会いは衝撃的なものだった。
男同士の性交すら考えたことも無い、ごく普通の世界に身を置いていただけに、
それを考えただけで、鳥肌が立ち、それを強要されていた龍之介が哀れでならなかった。
「どのぐらいで快復するんでしょう?」
江口は拳を押さえながら、医師に訊ねた。
「精密検査をしないと、何とも言えませんが、陰茎の方はそう時間は掛からないでしょう。
乳首と後孔の方は手術が必要ですから、暫くは入院はしていただきます。」
医師は江口を診察椅子に誘い、拳に消毒薬を落とす。
一瞬、江口の顔が歪む。しかし直ぐにその眉を戻す。
「何か、私にできることは?」
「藤原龍之介には、九つ離れた兄がいます。龍之介君は養子なので、血は繋がっていませんが
かなり仲のよい兄弟だったと・・・」
「分かりました。その兄に、このことを伝えに行けばいいんですね。
それで今、どこに?」
江口の傷口にテープを貼り終えると、医師は引き出しから一枚の名刺を差し出す。
「・・・?・・・エスコートクラブ?」
「はい。藤原一馬は、そこで男娼として働いています。」
「だ、男娼!?」
江口は思ってもいなかったその言葉に声を荒げた。
「ええ、藤原龍之介同様に借金のカタとして身を売らざるおえなかったんでしょう。」
「私だって保護司の端くれ。今の世でも借金のカタに身を落とした少年少女たちが多くいるのは知っています。
ですが、龍之介の兄は龍之介よりも9つも上・・」
「はい、当時は25、今は27になっておりますな。」
「そんな成人した大の男が、幾ら何でも男娼だなんて・・」
江口は信じられないと言った表情を医師に向ける。
「当然本人の望んだことでは無いでしょうな・・でもこれを御覧になれば貴方も納得いくんじゃ?」
医師が茶封筒から1枚の印画紙を差し出した。