ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 92
「筋肉が少々弛んできているんですって?」
…桜ちゃん!!
「離れに身体を鍛えるトレーニング棟がありますから、好きな時に使ってもらって構いませんのよ。」
「は、はあ…」
…身体を鍛える為の建物が自分の家にあるって、どんだけ凄いんですか?
半口を空ける僕の横から、涼香さんに向けプリント紙を差し出す杏さん…
「奥様、これが桜ちゃんが検証してきたデーターを元に作成した、柏原さんの身体の各パーツのサイズでございます。」
…ぅへ?
桜ちゃんが検証してきた身体の各パーツデーターって、何のことですよ?
「ふむ、なるほどねえ」
それを見て何か納得する涼香さん。
…何に納得されたんですか、何に。
普通データとして送るなら、僕の学歴とか職歴とかを載せたものじゃないのかな…?
…まあそれは桜ちゃんには言っていないし、大して面白くも自慢できるものでもないし、でも、何かが違う…
「まあ、つい昨日まで生娘だった桜ちゃんが取ってきたデーターですから、信憑性には欠けるはね…」
生娘だったって…だから桜ちゃんは僕の何のデーターを取ったって言うのー!?
「それもおいおい分かること…」
「ふふふ…尾主も相当な悪じゃな…」
…だぁからぁ〜…何二人で悪代官ごっこやってるんですかぁ〜
「失礼しました」
涼香さんがコホンと咳してこちらに向き直る。
「あの…お母様…」
今まで黙っていた香澄ちゃんが口を開く。
「匠さんは、素晴らしい人です…それは、お母様にもわかってもらいたくて」
「もちろん!香澄が見初めた男の人ですもの、よくわかっているわ」
…どこまで話が進んでいるのか、こちらにはまったくわかりません。
「お食事が出来上がりましたぁ」
そこに、ホテルの食事のようなワゴンを持って、料理人らしき女性が桜ちゃんたちメイドを引き連れてやってきた。
「あ、ご苦労様です」
杏さんが僕に向かって
「こちら、青山家専属の料理人、緑川弥生さんです」
「えっ!?…」
思わず声を上げ、僕はその場から立ち上がった。
料理長のワゴンを押す手が離れ、ゆっくりと前進していった…
誰もが不思議な顔で僕を見詰め、次には料理長の顔を伺う…
ガチャン!!
と音を立ててワゴンは壁にぶつかり…湯気を立てる色鮮やかな料理が床に散乱した…
「弥生さ…ん…?」
僕の掠れた小さな声は大理石の壁に反響して、やたらと大きく聞こえた…