ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 870
本当の父親と母親が自分の側から離れていくという辛い現実にかかわらず、表情ひとつ変えない香澄は、出会った頃のことが嘘のように大人の女性になっている。
「大丈夫です。きっとうまくやっていけます。そうでなければ匠さんにも申し訳ないじゃないですか」
「僕に?」
「そうですよ…匠さんは慣れない仕事で毎日お疲れでしょうからぁ、せめて家ではのんびりと寛いで欲しいですよぉ」
香澄ぃ…
母親としてだけじゃ無くて、すっかりいい嫁さんになったじゃないかぁ…
「そう言って貰えると嬉しいよ。僕もこれからは寄り道しないで、なるべく真っすぐにこの家に帰って来るさ…」
「はい、私も匠さんに美味しい晩御飯が食べて貰えるよう弥生さんに教えてもらいますから」
そうだね。香澄のその気持ちが本当に嬉しい。
それに、ここで暮らすとなると弥生さんとも毎日顔をあわせることになるんだな。
「一度匠さんのご実家にも行かなきゃ…この子たちと一緒に」
「ああ、皆こっちに住みはじめるのはまだ先だと思っているからな…」
僕だってそうだ…
だけどあの家に親子4人で厄介になるには、余りに狭過ぎるよな…
「お母様やお父様には、毎日のようにお見舞いに来て頂いたんですよ…」
「あっそうだったの?…」
そんな頻繁に行っていただなんて、ちっとも知らなかったな…
僕が行かなかった代わりに親父やお袋がね。
あまり頻繁に行くのも気が引けると思ってたけど、これじゃ夫としてどうなのかなぁ、心配になる。
「うーん…っておいおい」
香、今度はテーブルの上のビスケットを取ろうとして膝から転げ落ちそうになる。
慌てて食い止めたけど、ちょっと落ち着きがないなぁ。
「そっちは元気そうですね」
香澄はようやくお目覚めの樹をあやしている。