ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 632
「そうなんだよ…」
親父はトーンの低い声のまま、そう言った。
「それじゃあ、もしかして、美恵子さんの生んだ双子が、匠さんと…」
「じゃあ、和彦さんとお袋の間の子供はどうなったんだよ…」
恋ちゃんが言うのを思わず遮ってしまう。
和彦さんから聞いたこともすべて、ひっくり返ってしまうんじゃないか、これでは…
「残念ながら流行り風邪に掛かってしまって…逝ってしまった…」
「まあ…あんな思いまでして産んだお子さんを亡くされたなんて、お母様はさぞかしショックを受けたのでは?…」
「操は自分の責任だと酷く落ち込み、一時的ではあったが精神を病んでしまったんだ…」
「精神を?…」
「ああ…今でも操のあの時の記憶は、すっかり抜け落ちていてな…」
「そこまでのショックだったなんて…」
「ああ…これは、今までずっと黙っていてすまなかった…」
「いや、それを知らなかったらお袋にも同じことを聞いていたから…」
そんな状態ではお袋には何も聞けないよな…
「では匠さんは、お父様と美恵子さんのお子さんということでよろしいのですね」
「ああ…」
お袋…
当然親父が本当の父親であると分かったことは嬉しい…
でもそれ以上に、お袋のことへのショックが大きくのしかかる。
「それなら何故、僕が和彦さんの息子などと言ったんだよ?……」
財産狙いとは思いたくは無かった。
「もしかして…お母様は今も……?」
「ああ………操は今でも匠を実の息子、青山との間に出来た子だと信じている…」
部屋の中に沈黙が走る。
親父も僕も、香澄も恋ちゃんも、何も言えず表情を窺うことも視線を合わすこともしづらくなる。
それだけお袋の心の傷が深いことに、皆ショックを受けていたのだ。
「ただみんなに言いたいのは、操にはこのことは言わないでほしいということだ…」
「親父…」
「俺もこれ以上、あいつのことは傷つけたくないからな…」