ゼロから始める夫婦生活 8
「でも・・・私も・・・直哉さんを好きになる努力をします・・・」
唯はこっちを向いてそうはっきりと言った。
俺はその視線を感じながら、彼女の手の甲に俺の手を重ねる。
「ありがとう・・・ゆっくりやっていこうな・・・」
「・・・はい」
こうして最初のデートは終わった。
ヘタレかもしれないけど、こうやって一歩ずつ進めていこうと・・・
これが公平ではない俺のやり方だと思ったのだった。
そして、半年程・・・
相変わらず、俺と唯は毎日お喋りしたり、たまにデートしたりと清い付き合いに終始していた。
それでも何となく好きって思われてきてるのは感じてたし、俺も唯がどんどん好きになっていた。
会社の方も順調だった。
個別面談や食堂での座談会を続けて信頼を得ている感じはあったし、リーダーシップの欠如と見られながらも綾瀬達3人のフォローで会社は公平の死から立ち直りつつあった。
そんなある日、仕事が終わり社員が全て帰る時間。
俺は飯野に淹れてもらったコーヒーを飲みながら綾瀬と赤江が戸締まりするのを待っていた。
「直哉くん」
「ん?、なに?」
飯野は普段は社長と呼ぶが、こんな時はこう呼ぶ。
「唯ちゃん、まだ手を出してないんだって?」
「なにをいきなりだ!」
半分呆れ気味の顔。
気心知れてるからの会話だろうが、いきなり言われてびっくりした。
「優香や奈美も心配してたわ・・・もしかしてEDとかなってない?」
「アイツらは心配してないだろう・・・ヘタレだって呆れてるかもしれんが・・・それとEDではないぞ一応」
綾瀬は最近ちょっと冷たい、赤江はすぐに『奥さんに』とか言い出してる辺り、手を出さない心配じゃなくヘタレに怒ってる気もする。
一番話の合う飯野も、見かねて言い出したのかもしれない。
「唯は唯でさ、お前らを抱けとか言うし・・・セックスより大事な事だってあるだろうにさ・・・」
そんな風に言うと、飯野から表情が消えた。
これはちょっと怒った時の顔だ。
「セックスが大事に決まってるじゃない・・・それが存在意義の一つでもあるんだから・・・」
彼女がズイッと近づいてくる。
いつもと雰囲気が違う。
怒っているがそれだけではない気がする。
「身体であっても必要とされる・・・それは素晴らしい事・・・」
飯野が身を寄せてくると、シャンプーの匂いに混ざって女の匂いも漂ってきた。
「私も優香も奈美も高校時代から・・・公平くん・・・いえ公平様のメス奴隷だったの・・・」
あんまりびっくりしなかった。
意外と女嫌いで、寄ってくる女を結構排除してた奴だ。
『女なんてメスブタだ』なんて厨二病こじらせた事言っても許される雰囲気がある奴だ。
アイツならメス奴隷ぐらい持って当然だろうと言う気がするし、3人共美人だけでなく優秀で公平好みだろう。
「じゃあ、何か?・・・俺に公平に成り代わってご主人様になってくれって話か?」
「ええ、そうなってくれたらいいとは思うわ・・・それが公平様の遺言・・・『奴隷として直哉を支えてくれ』だから・・・」
全く、なんて面倒な遺言を残したんだ・・・
養子縁組して、遺産を残したのだから、なにかしら関係はあると思ったがメス奴隷とはねぇ・・・
怒る気も恨む気も全く無いが、役得って思える程の根性も無い。
つまりヘタレって事だが、だからといって彼女達は今の俺には必要不可欠な存在だ。
唯の時もそうだが、彼女も俺のモノになろうと言ってる・・・
俺は、どうしてやるべきだろうか・・・
奴隷、ということは、主人の命令を聞く、ということだ。
だから「意見を言え」と命令すれば、意見を言ってくれる、ということなのだろう。これまでもいろいろ意見を言ってもらって助けてもらっている。
「奴隷」という言葉、まずは、そうして広めに解釈することにした。
そして、唯だ。
「おかえりなさい」
いつものように出迎えてくれる、そしていつものように食事になる。
これでは、いつもの流れと同じ。何か、主体的に、変えなくては。
「唯、」
「なんですか?」
「約束の、あの旅行、行かないか?季節は変わっちゃったけど、若葉がきれいだと思う」