(続)格好が・・・ 8
泉はちょっと両手で顔を覆う動作をした。
「ええっ、ちょっと恥ずかしいな」
春樹は目を背けた。さっき見た裸の絵のモデル、と見てすぐに分かる女性が目の前に立ったのだ。胸の高鳴りは抑えられなかった。いけないと思いながら、ついつい実際の泉の裸を、性的な意味でイメージしてしまっていた。
“こんなんじゃ、女の人を描くには修業が足りないかな…”
「修先輩とは、その後どうですか?」
紗綾香が聞いた。
「うん!おかげ様で幸せにやってるよ。この後…一緒に帰るんだ」
この日、修もサッカー部勧誘のビラ配りで学校に来ていた。
「麻生くんには本当に感謝してるよ!私たち2人の縁結びをしてくれたんだから」
泉と修が『アダムとイブ』のモデルになってすぐ、2人の仲は急速に進み、ついに身も心も結ばれたのである。
今や2人は学園内でも評判のカップルだった。
「いえ、僕の方こそ…片野先輩と長瀬先輩には感謝しています。おかげでいい作品が描けましたから…」
広夢は泉に向かって言った。
「そうだ!」
真美が突然、思い出したように叫んだ。
「たしか雪乃先輩が、卒業記念に…麻生くんに描いてほしいって…」
「麻生くん、新体操部の子をモデルに『白き天使』という題の絵を描きたいって言ってたよね!」
「ええっ、あの森崎先輩が!それは光栄だな」
「じゃあ、雪乃先輩に、連絡先教えていいか確認して、OKだったら連絡するね」
真美はかなりの速さでチャットアプリを打ち、この会話のうちにOKの返事が返ってきたので、真美はIDを教えた。
「ありがとう。連絡してみる」
会話が一段落したところで、泉は改めて役割に戻った。
「みんな、早く帰るんだよ」
そして、こう付け加えた。
「受験生のみんな、四月に会えることを楽しみにしてる」
「よろしくお願いします」
望美と香織は泉に向かって高い声で言った。
そして、みんなは美術室を出ると、それぞれ帰路に着いた。
下校の際、広夢と真美は降りる駅が同じだった。
広夢は駅前の喫茶店に真美を誘い、一緒に入った。
「いいのかい?…『白き天使』は君をモデルにと考えていたんだけど…」
広夢は真美に話を切り出した。
「いいのよ。…雪乃先輩を差し置いて…私が新体操部を代表してのモデルだなんておこがましいわ」
「君だって新体操部の次期エース候補じゃないか」
『ピーターパン』の絵の件以来、2人は互いに魅かれ合うようになっていた。ただ、まだ誰にも打ち明けていない。
「麻生くんにはそのうち、また私のことを描いてもらうから。…今は雪乃先輩のことをしっかり描いて…」
「うん!わかった」
広夢と真美は笑顔で見つめ合う。
合格発表の日。遥と泉は発表場所へ向かって歩いていた。
「もう桜も終わりだね」
「ほんと季節が早いよね」
「…なんか、聞いた話だけど、合格発表を、電報っていう一文字いくらで送る紙で伝えていたとき、合格は『サクラサク』不合格は『サクラチル』だったんだって」
「ふうん、その頃の人がこんな早い桜みたら驚くだろうね」