そして、少女は復讐する 20
教室の中を一瞥して、一希はその場を離れようとする。
「あら、一希じゃない」
「これはこれは、ごきげんよう」
トイレから戻ってきたのか、由佳里のクラスに入ろうとした少女に一希は呼び止められた。
目鼻整った端整な顔立ち、そしてひときわ異質に映るブルーの瞳。
決してカラーのコンタクトレンズではない、彼女に外国の血が流れていると誰もが一目でわかる部分だ。
相沢エリス。
由佳里のクラスメートであり、彼女が心を許した人物の一人。
両親が外交官であるエリスは、親同士の交流から一希とは旧知の仲であった。
「彼女、変わったわね」
エリスが由佳里を見て言う。
エリスの言葉にハッとした一希だが、顔には出さない。
由佳里とは比較的言葉を交わすエリスだが、クラスの立ち位置は微妙。
虐め側に加担はしてないが、さりとてクラスで起った事を知らないはずはない。
悠馬よりその立場が中庸なのだが、解せぬこともある。
だからまだ由佳里との関係をバラすには時期尚早だし、このエリスが敵なのか味方なのか掴めてない。
いや、彼女を良く知る一希からすれば、今のところ敵ではないとは思ってる。
しかし、味方かと言うには言いきれない何かがあった。
つまり、掴み所がないのである。
「噂の村田さんと言うのが彼女かしら?」
あえて知らない風を装う。
「ええ、そうよ・・・何があったのか、すっかり変わってしまったわ」
その変化を好ましいと思ってる風のエリス。
旧知の間柄だが、彼女の様子からその心の内は見えない。
エリスはこうして語り合う間にも碧眼を見開き、薄目加減な一希の瞳に嘘偽り隠し事がないかとばかり覗き込む。
「逆に誰もが認めたクラスのリーダー桜木さんは、随分と落ちぶれてしまった…。」
「この日本という国は奥ゆかしさを重んますから、何か過ぎた所でもあったのでしょうか。」
エリスの誘導尋問とも見えるトボケ加減、一希も適当にはぐらかす様な返答。
何事も論理的かつ合理的にして実利的、その風貌と血脈通りに現代欧米的な思想を持つエリス。
一希は皮肉を含めて『日本』という辺りの語調をやや強調していた。
「不正は正すべし、しかるべくして桜木美咲は正された、そうよね?」
「誰が正義で何が正義かって、難しい話ですね。」
何故エリスは何もせずに傍観していたのかと問わんばかりに、一希は敢えてまた皮肉を返していた。
エリスと別れた後も、一希は頭を悩ませていた。
確かにエリスは一傍観者に過ぎない。
外国の血を引いているだけに独自の正義感を持っており、あまり出しゃばり過ぎると周りからウザがられ、今度は自分が標的にされるとでも考えていたのか?
真意をつかめない一希。
「どうしたカズキ、珍しく厳しい顔しちゃって」
自分のクラスに戻ると、翼と敦にそう言われてしまう。
敦が眼鏡を取るなり一希の顔真似、両目を閉じて糸目を指で吊り上げ、それを見た翼が爆笑する。
一希の表情から緊迫した気配が解け、にこにこふわふわした微笑み糸目に戻った。
「ええ、ちょっと難航している『外交』がありましたの。」
普通よりは体格が良い筈の敦を両手の喉輪で首を絞めて持ち上げながら、一希はもちもちとし柔らかい口調で言ってのけた。
「ぐわーっ!あばーっ?」
「実際一希って笑顔で人殺せるタイプだよね。」
敦がふざけた顔真似を止めた(というか生命活動が止まるギリギリの)所で、一希は頬をふよふよと緩ませて彼を絞首刑から解放した。