侍物語〜サムライストーリー〜 第二部 98
一方、理緒と水月は江戸の街を歩いていた。
「狼鬼様をどうやって落としたか?」
水月は湯呑を片手に理緒からどうやって狼鬼を落としたかのかと訊かれていた。
「はい。私、狼鬼様を落としたいんです」
理緒は何でも無い口調で言い切った。
水月は理緒を見た。
年齢は15、6歳の割には発育した身体だ。
まぁ、狼鬼の好みは特に無い。
相手が気に入れば抱くし、気に入らなければ抱かない。
水月は、たまたま自殺しようとしていた所を助けられて弦水の後を継いで領主となった狼鬼に忠誠を誓い、抱かれただけだ。
というか自分から抱かれたのだ。
狼鬼は進んで水月を求めたりはしなかった。
弦水を失い自暴自棄になっていたか自分を気遣っていたと今では分かる。
そういった静かな優しさに惹かれたのは言うまでもない。
落としたという表現は正しくない。
寧ろ自分が落とされたのだから。
「私は狼鬼様を落とした訳じゃないわ」
「じゃあ、どうやって結婚まで漕ぎ付けたのですか?」
「それを言われると明白な答えを出せないわね」
一度、断ってから水月は言った。
「でも、あの方は自分の気持ちや想いをしっかりと持っている女性に惹かれると言えるわ」
狼鬼は信念などに対して羨望や畏敬に近い念を持っている節がある。
相手が敵だろうと信念があれば意を組むし、態度を改める。
女性が相手だと、それは羨望になる。
水月は亡き弦水を愛していた。
今も愛している、と言えるが狼鬼も愛している。
二股と言われる事もあるが、狼鬼はそんな自分が好きだと言ってくれた。
「あの方は、自分の意志を持っている女性に弱いのよ」
だから、貴方は狼鬼様を落とすと言った。
それは自己表現の表われであり、自身の意見を持っている事になる。
それならもう既に狼鬼は落とされている、と言って良いかもしれない。
「そうなんですか?」
「えぇ。あの方を求めてみたら?」
「大丈夫ですかね?」
理緒の問いに水月は自信を持って言った。
「あの方ならこう言うわ」
『俺を落としたんだ。好きにしな』
抱いてと言っているのに好きにしな、とは無責任な発言である。
だが狼鬼ならそう言うだろう。