侍物語〜サムライストーリー〜 第二部 83
「師範ならもっとしっかり門下生を教育しな。そうじゃないと道場の面汚しになるぞ?」
もうなっていると野次馬達は思った。
「・・・私が相手になるわ」
由利は腰の刀に手を掛けた。
「門下生の仇討ちか?」
「そんな物よ。本当ならこの場で切り捨てたいけど」
由利は叩き伏せられた門下生たちを見て言った。
「武士は大変だね。お家大切、忠義大切、名誉大切・・・・・・建前ばかりを気にする奴らだ」
狼鬼は心底、馬鹿らしいと言った。
ある意味、自身の事もそんな風に思っているのでは?と水月は思った。
領主も名誉などを大切にする。
それを考えれば、さっきの言葉は自分自身にも戒めの言葉として使用しているのかもしれない。
水月はそう感じた。
「食い詰めた浪人の貴方に言われたくないわ」
「貴様っ。狼鬼様に対してよくも!!」
水月は思わず腰の懐剣に手を掛けた。
領主であり夫を侮辱されて怒るのも無理は無い。
「水月。止めろ」
「狼鬼様っ」
「俺は別に言われても構わん。確かに、俺は食い詰め浪人だ。だが、お嬢ちゃんやそこに転がっている輩よりは“自由”だ」
自由は得難い財産だ。
そしてこれを掴み取り維持する事が、この世で最も厳しい事だ。
以前、狼鬼はそう言った。
それがズシリと重たく感じた。
「・・・自由、ね。負け犬の遠吠えね」
「勝手に言ってろ」
狼鬼は鼻を鳴らして背を向けた。
「待ちなさい。私と立ち会いなさい」
「嫌だね。何で、あんたの名誉の為に立ち会わなければならないんだ?」
「私の名誉を汚したからよ」
「知らないね。俺は売られた喧嘩を買っただけだ。自分の尻拭い位は自分でさせろ」
狼鬼は背を向けたまま言った。
「そう・・・なら、力づくでも戦わせるわ!!」
言うが早いか由利は腰から刀を抜いて突っ込んだ。
刀は名刀として名高い関の孫六。
鋭い音を立て、狼鬼の頭上に迫る。