侍物語〜サムライストーリー〜 第二部 52
静も腰を上げようとすると由利からの視線に気が付いた。
親の敵とばかりに静を睨み上げる由利。
「・・・静。貴方、覚えて置きなさい」
「貴方も少し大人になりなさい。自分の意見が通らないからと言って、怒っては駄目よ」
静は由利を戒めるように言い伏せた。
それが由利には我慢できないのだろう。
手が震えている。
それを見ながら静は立ち去った。
後に残された由利は、静の背中を射抜かんばかりに見続けていた。
その瞳には憎悪が明らかに宿っていた。
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由利は、怒りを露わにしながら道を歩いていた。
その顔を見ては市民達は怖がって関わらないように避けて行く。
それが更に由利の怒りを募らせて行き、いつ爆発するか分からない。
まさに歩く爆弾だ。
由利は苛立って何かにぶつけたかった。
『どうして私ばかりが、あの女に負けるのよ』
何時もそうだった。
剣術から水泳、馬術、裁縫、料理、どれをやっても勝てた試しがない。
更には好きだった男も静に取られた。
それが悔しいと同時に憎かった。
自分も何時かは、男と結婚して子供を作り家庭を築きたかった。
それが静の夫だった。
だが、静を男は選んだ。
それが由利を独身を貫かせ、剣の道に行かせる原因となった。
両親からは結婚しろと死ぬまで言われたが、ついに結婚はしなかった。
あの男以外に結婚する気など由利には無かった。
それに剣を捨てたとも言える静に対する当てつけもあった。
剣の道を極め続け、今では旗本からの師弟も集まり道場は賑わっている。
これがせめてもの救いだった。
『無性に誰かを斬りたいわ』
危ない事を考えた由利。
その由利の視線に一人の男女が目に入った。
男は長髪で一本に結んでいた。
蒼い瞳で異人との混血かもしれない。
女の方は20代になったばかりの娘で発育した身体をしていた。
男の歳は20代後半で由利より1つ2つほど年上という所か。
腰には長身の身体にあった太刀と打ち刀が差してあった。
『・・・・あいつで良いわね』
あれ位の男なら自分を楽しませる事が出来るだろう。
由利はそう踏んだ。
男女に近付いた。
「貴方、私と立ち会い合いなさい」
突然の言葉に女は驚いたが、男の方は平然としていた。
「行き成り何を言い出すんだい?“お嬢ちゃん”」
男は馬鹿にしたように由利を見た。
「私と斬り合えと言ったのよ」
由利は男から女に視線を移した。