侍物語〜サムライストーリー〜 第二部 26
「ぼんてーじ?」
静が服を見まわしながら聞き返した。
皮製なのか、艶があり張りもある。
「何でも西洋の忍であるスパイが着る着物らしいです」
「忍が?」
「えぇ。主に女性がそれを着るそうです」
その上から、これを足に装着すると言って、別の物を出した。
「それは?」
「ガーターベルトという鎖帷子のようなものです」
これで足を防御する他に、小型の武器を隠すらしい。
「西洋でもやはり忍は居るのですね」
静の言葉に男は頷いた。
「それより静殿。貴方、この店をどう思います?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。この店を、具体的に気に入っているとか、どうとかの意味です」
「正直な話、江戸の中でもここは良い店です。他の店では、偽物などを持たされるのに、ここでは本物を売ってくれますし、お金もそれほど高く取りません」
「まぁ、この店も老い先短い私が趣味で造った面もあるので」
「しかし、突然どうしてそのような話を?」
「私もそろそろ引退したいと考えております」
男の言葉に静は驚いた。
ここは静が言った通り江戸でも質の高い店だ。
尤も知っている者は殆ど居ないが、それでも他の店に比べれば品物から信用度まで天と地の差がある。
その店が無くなれば、かなりの痛手だ。
「ですが、せっかくこの店を立ち上げて直ぐに手放すのは惜しいと思いまして」
そこで信頼出来る相手に任せて、自分は楽隠居をしようと考えたらしい。
「まさか、私にこの店の主を・・・・・・?」
「私は、静殿なら適任と思っております」
男は真剣な眼差しで静を見た。
「見ず知らずの私を助けて下さり、更に手紙を出したら直ぐに来てくれた。貴方なら適任と思いました」
「ですが、私には道場が・・・・・・・・・・」
「夜だけでも良いのです。元々、この店は不定期ですので貴方が思うままにやって構いません」
静は悩んだ。
道場があると言ったが、誰も門下生は居ない。
来ても自分や娘目当ての男で、とてもじゃないが鍛錬所ではない。
それに金も些か不足して来たと思う。
それを考えれば、ここで働いて金を稼ぐのも良いとさえ思った。
武家の女が外で働くなど言語道断だが、背に腹は代えられない。
「もしも、お悩みなら2、3日ほど考えて下さい」
別に今、決めろとは男は言わなかった。
「では・・・3日後、答えを出します」
「ありがとうございます」
男は土下座して礼を述べた。
しかし、静はこの時点でここで働こうと決めていた。
ただ、まだ少し考えたい面もあったから引き延ばしたのだ。
静が家に帰る時には夜になっていた。