教授と私と方程式 4
「仲間がいるからと言って、それで安心するものでも無い・・」
「はい・・1人だけよりはましですが・・」
自分は何を言っているのだろう・・女性相手ならまだしも、こんな魅力的な男性を前に、
『自分は処女です。しかもそれを一刻も早く捨てたいんです!』と・・
それはまるで性に飢えた女が、美しい男に迫るかのようで、自分から切り出したとは言え、この成りゆきを後悔し始めていた。
「貴女の気持ちは分かります・・」
「気になさらないでください。いくら心理学の教授でも、貴方は男ですもの・・」
教授はボックスから細身の煙草を抜き取ると、そこに火を灯した。
「私は経験が無い訳では無い..」
「はい、ご結婚なさっていますものね」
「それでも、本当に焦がれる者との経験は無い・・」
「は?・・・奥さんとは恋愛結婚で結ばれたのでは?」
「いえ、そういう事では無いんです。」
「別に好きな女性がいらっしゃる?」
教授は深く煙草を吸い込み、ふぅーとそれを吐き出した。
「特定の人物がいる訳では無い・・・ただ・・・私が焦がれる対象は・・・男なんです。」
「えっ?・・・」
美和子は始め、教授が何を言っているのか分からなかった。
そういった方面に興味を抱く女が多い中、美和子はとんと疎かった。
男は女と・・女は男と・・それが自然界の常識であってそれを外れる者たちに、興味も無ければ感心も無かった。
ましては、女には別世界であろう男同士の恋愛に引かれる、そんな女たちの心理が分からなかった。
「驚ろかれましたか?」
「い・いえ・・・そんな・・・は・はい・・」
「ははは!正直な方だ。驚かれて当然です。」
「教授は・・同性愛者・・なんですか?」
「先程も言ったように、男同士で肉体関係を結んだことはありません。
妻もいますんで、女性と寝ます。・・・それでも心理的な面だけで見ると、同性愛者だと言えるでしょうね・・」
「それなら何故、今まで行動に移さなかったのです?」
「機会が無かった・・・それに尽きるでしょうね。」
「新宿にそう言った街があるのでは?」
「二町目ですね。もちろん行きました。
それでも思っていた程、そんな簡単に相手が見つかる訳でもない。
結局は皆、ここの学生のような若い子たちを求めるものなんです。」
「教授が声を掛ければ、若い子、喜んで着いて来るんじゃありません?」
「一夜だけならそれも可能かもしれないですが、それ程飢えている訳でもない・・」
「そう、自分にブレーキが掛かる・・・」
「そうです。だから、私は貴女の心理が分かる・・どうです?分かってもらえましたか?」
「は、はい・・多分・・」
確かに教授の言ったことは、自分が抱き続ける葛藤と酷似していた。
(機会が無かった・・・それに尽きる・・・)
教授程の容姿を持っていれば、相手が男であろうとも事欠かないことは、容易に想像はついた。
それなのに、そこに踏み込めない、踏み込まなかった教授の葛藤が、自分のことのよう美和子には分かった。
しかし、その男同士というモラルに反する行為を前に、教授は自分以上の葛藤を抱き、悩み、苦しんでいるのだろうと思えた。
何とか出来ないものだろうか・・?
人のこととなると人肌脱ぎたくなる、そんな姐後肌の美和子が顔を出した・・
要するに、教授は自分を納得させる大義名分があればいいのだ・・・
それなら・・
「教授・・私の初体験に立ち会ってもらえませんか?」
「ぷっ・・」
教授は美和子の言葉に噴き出した。
「冗談じゃないんです。私は本気なんです。」
美和子は迫るかのように、教授の目を真直ぐに見詰めた。
「すみません。笑ってしまって・・実は私も同じことを考えていたんですよ。
私の始めての体験に立ち会って欲しいと・・」
「え?」
「要するに貴女は何らかの理由無しには、男と寝ることをどこか拒んでしまう・・
ならば私に立ち会うという、理由さえあれば・・」
「まあ・・」
「貴女も同じことを?」
「はい。それで、興が乗ってきた頃を見計らって教授に交代する…」
「ははは、驚きましたね。私と貴女が同じことを考えていたとは。」
「ええ、本当に…」
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
「それでも、こんな突飛な計画、何と言って貴女を説得させればいいのか、思案しましたよ…」
「私もです…立ち合ってもらう理由などありませんもんね…」