教授と私と方程式 6
飛び込んできた風に髪を抑え、首を傾けたその時に、立上がったのだろうと今にしては思う。
それでもその時は、今まで後ろを向けていた背中が、一瞬にして笑顔に変わっていたことに、美和子は驚愕したと言ってよかった。
「きゃっ」と小さく声を上げた自分が恥ずかしかった。
「あ、驚かせるつもりは無かったんです、すみません。」と、青年は頭を垂れた。
「いえ、突然だったので、少し驚いてしまって・・」
「申し訳ないです、貴女をずっと待っていたものですから・・」
「私を?」
「ええ、速水教授に言われて来ました。」
「教授に?」
「はい。研究に参加することになっています。」
青年は顔を赤らめた。
「まあ・・」
その青年の様子からして、研究内容を把握していることは想像ができた。
美和子は値踏みするかのごとく、青年の全身を見捲った。
「なんだか、照れますね・・」
美和子の露骨な視線に赤くなりながら、青年は頭をかいた。
「あ、ごめんなさい。私ったら失礼ですよね・・」
美和子は流石に不躾過ぎた自分の態度を反省した。
「初めまして。僕、経済学部大学院生の上澄隼人です。」
青年は白い歯を見せ、右手を差し出した。
美和子は、教授の選んだ男の手の温もりを感じながら、"よろしく"と、大人の女を演じるがごとく愛想なく返した。
「でもよかったです。
・・どんな女性だろう?って、気がき気じゃ無かったんです。」
隼人の笑顔は爽やかだった。
「そう?」
美和子は『"よかった"』と言われたその一言が嬉しかった。
「貴女はがっかりなさったんじゃないですか?
運動部でもない僕が、こんな研究に参加させて貰えるなんて、今でも信じられなくて。」
隼人はテーブル上のボックスから、震える指で、慌ただしく1本を抜き取った。
今どきの若者には珍しく、隼人は喫煙者だった。
自分が隼人ぐらいの年令の時は、大半が喫煙者だったと美和子は思う・・。
それが今では、肩身の狭い思いを強いられているのは、喫煙者しか分からないことだった。
美和子はライターを灯し、それを隼人にかざした。
「私、煙草吸う人・・好きよ。」
隼人は咥えた唇から、その1本を落しそうになりながら、顔を赤く染めていた。