弱小事務所の憂鬱!? 14
…さて、そんな出来事から数週間。
深夜、就寝中の私を携帯の着信音が叩き起こす。
画面に表示されたのは『紺野愛美』。
「…こんな時間になんだ」
『今アフレコ終わったの…迎え欲しいよぅ…』
「まだ終電の時間じゃないだろ」
『今日の収録ハードで…駅まで歩く力もないよ…』
声を聞いただけで、愛美の疲労の具合がわかる。
こんな彼女は年に一、二度あるかないか。
アフレコの時間に決まりは存在しない。
朝早くから行うこともあれば、このように夜中までかかることだって珍しいことではない。
通話を終えると、私はやれやれと身体を起こし着替える。
車のキーを持って玄関を施錠し、愛美を迎えに行く。
「お疲れ様だな」
「…今日はしんどかったよ」
あの愛美がこの表情、今回の作品はいったいどんなものなのだろうか。
「明日…というかもう日付変わってるから今日か…休みか?」
「うん、大丈夫」
「家まで送っていくからな」
「あ…いいよ…晋也の家に泊まらせてよ」
「お前、本気で言ってるのか?」
疲れているくせに言うことは言う奴、それが紺野愛美である。
「本気。どうせ独り身なんだから」
「お前も人のこと言えるのか?」
つい先日、前の事務所の同期が結婚した。
それをからかって言ってみたのだが
「いいじゃん、お互い様」
「…まったく」
拒んでも仕方がないので、私のマンションまで連れて行く。
「久しぶりだ、晋也の家」
「そうだっけか?」
「なかなか連れてってくれないんだもん」
「人を呼ぶほどの家じゃないんだぞ」
このやり取りは事務所の社長と所属声優…というよりは、気心知れた友人、もしくは恋人のほうが近い、のかもしれない。
「お邪魔します♪」
迎えに行ってから数十分、当初はかなり疲労と憔悴の色濃かった愛美だが、少しずついつもの笑顔を取り戻しつつあった。
「まあ、とりあえずシャワーでも浴びとけ」
「ありがと」
愛美を浴室へ連れて行くと、彼女は中へと入り服を脱いでシャワーを浴びに行く。
ひとまずこれで良い。