幼魔鬼譚〜悪戯好きのアリス〜 35
『そうっ、まっ僕は断ったけど、駅前で似顔絵書きしてたお姉さんはノコノコ付いていったよ』
「似顔絵書き……まさかっ!」
紅夜叉の脳裏に、白面の顔が浮かぶ。
「そっ、そいつら何処行った?!」
『知らない。黒いミニバスに乗って駅前から南に向かってたけど』
「くっ!」
試しに白面の携帯に掛けてみるが、電源を切っているようである。
『じゃ、僕はこれで。またねー♪』
「あっ、まてっ!」
紅夜叉の制止も聞かず、天邪鬼は電話を切ってしまった。
「やっべぇぞ、こりゃ……」
紅夜叉は受話器を叩きつける様に置くと、唇を噛み締める。
茨木の事、白面の事、天邪鬼の事、引っ掛かる要素は多々あれど、元来より行動派の紅夜叉は、考える事を選ばなかった。
紅夜叉は社務所を飛び出すと、神社から通りへ続く石段を一気に飛び降りる。
こうなったら人目も巫女装束である事もお構い無し、紅夜叉は一心不乱に疾走る。瞬く間に通りに出ると、南へと向かう。
「紅! 待て」
紅夜叉は突然声に呼び止められた。つんのめる様に足を止めると、声のした方を見る。
「あ、蒼い桜? どうして……」
紅夜叉を呼び止めたのは蒼い桜であった。タクシーを通りの脇に待たせ、手招きをしている。
「我が紅の為す事、知らぬ訳なかろう。ふふ、似合っておるぞ巫女姿」
妖しげに微笑む蒼い桜の言葉をあしらいながら、紅夜叉は溜息を吐く様に息を整え、タクシーの後部座席に乗り込む。
すると突然、紅夜叉はぎょっとして声を出した。
「蛮悟のおっちゃん!」
タクシーの後部座席には、口にガムテープを貼られ、全身を縄で縛られた蛮悟の姿があった。
抵抗した様な跡が見受けられるが、今は生気無くぐったりしている。
「暇そうにしておったから連れて来た。頼りにはならぬが力にはなろう」
蒼い桜は事も無げに言うが、どうやって連れて来たのか紅夜叉は容易に想像出来た。
蛮悟を哀れと思いつつ、紅夜叉はタクシーの扉を閉めた。
「なっ? 紅、我も……」
閉め出される形になった蒼い桜が、閉じられたタクシーの扉に張り付く。
蒼い桜がもの凄い剣幕で扉の窓を叩いていると、窓がゆっくり開き、紅夜叉が手を振った。
「蒼い桜、神社の留守番頼むな」
扉の窓が無情にも閉じられ、タクシーは走り出す。
蒼い桜は地団太を踏み、去り行くタクシーの背を涙目で睨む。
「あの烏……我は捨て置かぬぞ」
怨念籠もる視線から逃げる様に走るタクシーの後部座席、紅夜叉は隣で悪寒を感じる蛮悟の懐から、携帯電話を抜き取る。
「一応、千穂ねぇに連絡しとくか」