先祖がえり 81
それに加奈は
「いえいえ、もういいんですよ。それより、これからはきちんとお願いしますね?」
いつもの笑顔に戻って返事をする。
千恵はその顔を見て安心していた。
後ろからは
「あらあら、加奈ちゃんったらまた厳しいこと言ったのね・・・ふふっ。」
という留美の声が聞こえていた。
朝の食事を終えて
「じゃあ、私は行ってくるわ。コタちゃん、加奈ちゃんにお世話してもらいなさいね?」
他のメイド達はすでに学校に向かった様子だ。と言っても屋敷と学校が直通で結んであるため通勤時間は心配にならない。
留美の向かう木崎コンツェルン本社もこの屋敷からほど近い所にあるため
「コタちゃん、どうしてもお姉ちゃんに会いたくなったら加奈ちゃんに言って連れてきてもらいなさい?お姉ちゃん、お仕事全部中止にしてコタちゃんのところに会いに行くからね?」
このようなことも言えてしまう。おそらく本当に狐太郎が会いに来たらそれが重要な取引であろうが即刻中止となるだろう。
「うん。お姉ちゃん、行ってらっしゃい!」
そう言って玄関まで見送る狐太郎。留美は名残惜しそうに手を振っている。
そして留美の姿が見えなくなると
「ではご主人様。本日はどういたしましょう?私、出来る限りご要望にお応えします。」
加奈が狐太郎に今日の予定を聞く。
「ふぇ?どういたしましょうって・・・特に決まってないよ?」
しかし狐太郎の方も何をするかを決めていない。そこで
「ではご主人様。本日は何もご予定がないようなので、お屋敷でゆっくり致しましょうか?」
そう微笑みかける加奈。狐太郎も
「うん!加奈、抱っこ!!」
そういって満面の笑みを見せると加奈に抱っこをせがむ。
「はい、ご主人様!」
加奈は狐太郎を抱き上げるとテレビのある居間へと連れて行った。
(困りました。これではお掃除もお洗濯も出来ないです・・・)
ソファーに腰掛けている加奈だが、その膝の上には狐太郎が座っている。
加奈は後ろから狐太郎を抱きしめるように腕をまわしており、狐太郎も加奈の大きくメイド達の中で一番柔らかいと言える胸を背もたれにしている。
背もたれと言っても狐太郎の背が低いので後頭部に当たっているのだが・・・
しかしそれゆえに加奈は動けないでいた。
(でも・・・ご主人様が楽しそうだし、いいですね。)
加奈はしばらく悩んだ末に狐太郎の様子を見てこのままでいることにした。
その時である
―――――――ピンポーン
屋敷に誰かが訪れて来た。
狐太郎は耳をピンと立てると
「加奈・・・誰か来たみたいだよ?」
そう言って加奈を見上げる。
加奈はその目に(か、可愛いですぅ・・・)と心の中で悶えながら
「そうですね・・・ご主人様、少しお待ち頂けますか?」
そう言うと狐太郎を膝から降ろし立ち上がる。
そしてそのまま玄関に向かうと
「あ、源之助様。」
「ふむ。加奈か。」
訪れたのは源之助であった。
「留美は・・・?」
「留美様は本社の方に向かいましたが・・・」
「そうか・・・入れ違いになったのかもな。」
そう言って少し困った様子になる。
「あの・・・良かったらお上がりになられますか?」
その様子を見て加奈は源之助に声をかけるが
「いや、いい。それよりこれを留美に渡してくれるか?」
そう言って源之助は箱を取り出し、箱の中から何かを取りだす。
「・・・? これは・・・?」
「これはうちの方で研究して出来た香水だ。この香水を使うとある男だけメロメロになってしまう。」
「!? まさか、ある男というのは!!」
一歩踏み出して源之助の話を詳しく聞こうとする加奈。
「ああ。狐太郎のことだ。まだ留美にはこのことを話していない。現物を持って説明に来たんだが・・・居ないようなら無理だな。一旦預かっといてくれ。そして留美が帰ってきたら連絡してくれぬか?」
「は、はい!かしこまりました!」
元気よく返事をする加奈。その目は輝いている。
「・・・頼んだぞ?」
そう言うと源之助は屋敷を後にしていった。
「こ、これが・・・」
屋敷の一室に入るなり箱の中身を取りだす加奈。
「見た目は普通の香水ですが・・・」
特に変な色であるとか、そういう感じではない。
そして
「・・・えいっ」
――――――プシュ
早速香水を使ってみる加奈。狐太郎がメロメロになるなら使わない手は無い。
「・・・? 特に何も匂いも無いですね・・・」
変化がないことに首を傾げる加奈。そして
――――――プシュプシュプシュプシュ〜
続けて何回か香水を噴きかける。
しかし変化は無い。
「・・・本当に効果があるんでしょうか・・・」
少し不安になりながらも狐太郎の居る部屋に戻っていった。