僕は決して強くはないから 7
「若様?」
目の前の明日香は僕を心配そうな表情で見つめる。
「若様…どうされました?」
「い、いや…なんで?」
「若様…いきなり涙が…それに鼻水まで…」
「………え」
辛い過去を走馬灯のように思い出していたら、本当に涙になってしまったらしい。
明日香の前で僕はきっとみっともない顔をしてるに違いない。
洗い場の鏡が湯気で曇っているのが今は幸いだ。
「ごめん…いろいろ、昔を思い出しちゃって」
「若様、相当ご苦労なさったとお聞きしています…」
背後で紫乃も心配そうに言った。
そんな僕を二人は前後から抱き締めてくれた。
「もう心配いりません・・・若様はこの紫乃がお守り致します」
「明日香も若様の為に働きます!」
同い年なのにしっかりとしていて、女の子なのに力強い言葉でそう言う二人。
強さから縁遠い僕からしたら羨ましいぐらい真っ直ぐだ。
「ホントならさ・・・男の僕が女の子を守らないと駄目なのに・・・」
「若様はお優しいのですね・・・でも私達はナイトに守られるお姫様でいたくはありません」
「主君を守るナイトでありたいです!」
お姫様を主君と言い換えたのは彼女なりの配慮だろう。
僕は泣き笑いしながらこう返す。
「そこはお姫様でいいよ・・・自覚あるから・・・」
「いいえ、若様は男の子でありますから…」
「どんどん私たちをお頼りくださいませ」
「うん…こちらこそ…でも、僕もできれば強い男になりたい…それは思ってるんだ」
明日香は僕の目を一点に見つめ、その手を握る。
「若様のお気持ちも理解します、ですがご無理はなさらないよう」
「うん」
「話が長くなってしまいましたね…それでは若様、御身体流しますので」
紫乃がシャワーヘッドに手を伸ばし、明日香が蛇口を捻った。
シャワーの心地よいお湯に心と身体が癒される感じがする。
「若様のお肌って綺麗ですね・・・女の子より綺麗かも」
「そんなことないよ、傷だらけだし紫乃や明日香の方が綺麗だよ」
そんな風に言うが明日香は首を横に振る。
「有難うございます・・・私達は若様に楽しんで頂けるよう、努力して綺麗にしています・・・でも、若様はこれだけの痛みを負いながら、美しさを損なっていません」
確かに昔から女の子に間違えられたし、それが為に襲われかけた事だってある。
そして、虐めで女装させられた時・・・
自分でもびっくりするぐらい美少女になっていたぐらいだ。
だから、野獣しかいないような男子校で、虐めに性的なものが加わってしまった訳だ。
僕にとって、綺麗や可愛いはある意味トラウマの元凶だけど、女装して見た自分の美少女ぶりにちょっと気をよくしたのはある。
多分、あの時に逃げ出すのが遅かったら、そっちの性癖に完全に目覚めてしまっただろう。
まあ、ただ嗜好はちょっと変わってしまい、女の子みたいに可愛いのが好きになったし、普段着もユニセックス物になった。
あの人への反発もあるけど・・・
『男を捨てた』
あの人が今の僕を見たらきっとそう言うに違いない。
でも、そんな自分が全然嫌というわけじゃない。
本気で女になろうなんて考えてはいないけど、今の自分を好きになりだしている…そんな自覚はあった。
「ここにいれば、若様の傷はすべてなくなります。そのときの姿こそ、本当の若様のお姿なのです」
「きっとそれはものすごくお美しいと思っています」
「うん…早くそんな日が来るといいかな」
「そのために、私たちが全力を尽くして参ります」