先祖がえり 194
「・・・こんなにこの子のこと放っておいたのに、まだ私を母親って言ってくれるのね。」
明美はそう言うと大きく息を吸って
「・・・そうよ。母親よ。母親だからこそこんなことが出来るの。」
留美に話しかける。
「誰よりもこの子のことを思って、誰よりもこの子を愛して・・・だから、この子のためだったら自分の身がどうなろうと関係ないの。」
「・・・耐えられるのですか?」
「耐えられるはず無いじゃない。こんなに可愛い子に二度と会えないのよ?」
留美の質問に即答する明美。
「じゃあ!」
「でもね、それでも・・・この子のためならそんなことどうでもいいわ。だって、私はこの子の母親なんですもの。」
明美は話を遮ってまで自分の思いを伝えると、笑顔で留美を見つめる。
「・・・どうして、笑顔でいられるんですか?」
「だって・・・こーちゃんの元気な姿が見れたし、それに・・・ここに居ればこの子は幸せなんだから。泣く必要なんてないわ。」
「・・・・・・」
「・・・さぁ、留美ちゃん。私からの最後のお願い。この子のこと絶対に守ってあげて。」
どうやら決意は変わらないようだ。
留美は一つ息を整えると
「・・・私、誤解していたみたいです。」
「・・・誤解?」
「ええ。あなたのこと、子供をほったらかしにするひどい人だって・・・」
最後に自分の思いを伝えることにした。
「あら、それなら間違ってなんかいないんじゃない?」
明美は自嘲してみせる。
しかし留美は頭を振ると
「いいえ。大間違いでした。あなたは、私なんかよりずっと、この子のこと思っていて・・・」
「・・・・・・」
「・・・だから・・・」
自分の思いを伝えるために、腕をさしだすこと無く真っ直ぐに明美を見つめていた。
「・・・? 留美ちゃん?ほら、腕を出して・・・」
「嫌です。絶対に。」
「そんな・・・あなたしかいないのよ。お願い。」
明美は困った顔で留美に頼みこむ。
だが、留美の決意も固い。
「いいえ。絶対に嫌です。それに・・・」
留美は明美の胸元、狐太郎の方に目線を向けると
「・・・この子の話も聞いてあげてください。」
「えっ?・・・こ、こーちゃん?!」
「・・・うう・・・ひぐっ・・・っく・・・」
狐太郎はすでに目を覚ましていた。
それどころか次から次へと涙を流している。
「ち、違うのよ?!これはこーちゃんのためを思って・・・」
珍しく慌てた様子を見せる明美。どうやら狐太郎が起きるとは思っていなかったようだ。
「・・・っぐす・・・」
狐太郎は泣いたまま明美の顔を見上げてくる。
「・・・こーちゃん・・・?」
そして
「・・・ママぁ・・・」
「!!!」
明美は凍りついた。
「あ・・・ああぁ・・・」
狐太郎の言葉が嬉しくてたまらなかった。
「こ・・・こーちゃん・・・」
今まで我慢してきた涙が次から次へと流れてくる。
嬉しくてたまらない。この子を絶対に手放したくない。
その思いが通じたのか
「・・・加奈。」
狐太郎が急に真面目な顔になって近くにいた加奈に話しかける。
「・・・は、はい・・・」
「今すぐ屋敷に行って部屋を一つ用意して。」
「部屋・・・ですか?」
「うん。とびっきり良い部屋。急いでね。もし気にいらない部屋だったら・・・もう加奈とは口をきかないからね。」
「!? わ、わかりましたっ!!」
狐太郎は加奈に脅しをかけてまで良い部屋を用意させる。
加奈は慌ててその場を離れて行った。
「美咲と真由は他のメイドさん達に連絡して。急いでね。」
「「はいぃっ!!」」
先ほどの加奈の姿を見て慌てた二人も駆けだしていく。
「里美は部下の人達に頼んで。護衛の対象を増やすようにって。」
「ぜ、全員にですか?」
里美はいつになく慌てた様子だ。彼女の部下全員に指示を出すとなると少し時間がかかる。
「そうだけど・・・難しい?」
「い、いえ・・・ですが、少しお時間が・・・」
「どのくらい?」
「・・・10分」
「5分でやって。遅れたら・・・」
狐太郎は里美の話を遮って指示を出す。
「は、ハッ!」
すると里美は携帯電話を取り出しながら飛び出していった。
そして
「お姉ちゃんは屋敷までの案内をお願い。」
狐太郎は最後に留美に指示を出す。
「・・・ええ。わかったわ。」
留美は頷くと
「・・・これでも、この子を置いてどこかに行きますか?」
狐太郎のテキパキと指示を出す姿に驚いていた明美に話しかける。
「・・・・・・」
明美は指示を出し終わって満足したのか自分の胸に甘えてくる狐太郎を見下ろしながら
「・・・行きましょう。」
そう呟き、狐太郎を再度抱きしめ直して、留美と共に歩みを進めて行った。