ほんの少しの勇気で人生って変わると思う 400
「匠さん…」
冬美ちゃんの声が掠れ、震える。
「冬美ちゃん」
冬美ちゃんの体に回した手に、さらに力をこめる。
「匠さん、匠さん…ああ、あったかいよぉ…」
「冬美ちゃん…」
冬美ちゃんも僕の背中に手を回す。
想像以上にふくよかな胸の感触が。
でも、今大切なのはそんなことより、冬美ちゃんの不安を取り除くこと。
僕らは長い間、こうして抱き合っていたのだ…
「冬美ちゃん?…」
暫くして僕は声を掛ける…
返事の代わりに、スゥ―スゥ―とした寝息が聞こえてきた…
よかった…
それが僕の素直な感想だった…
もちろん、冬美ちゃんの男性不信の手助けに少しでも貢献できた安堵もあった…
でもそれ以上に、反応しかけていた僕自身を気付かれないでよかったという思いの方が大きかった。
すうすう寝息を立てている冬美ちゃんを見て、僕は安心していた。
身体は大人だけど、こういう顔はまだ年相応だね。
髪を優しく撫でると、僕も次第に眠気がやって来て、いつの間にか深いまどろみの中へ。
その夜は、いつも以上に心地よい眠りにつけたと思う。
そして翌朝、僕は浅野家の皆さんが目覚める前に、こっそりと帰った。
一応、『ありがとうございました』と書置きしておきましたよ。
―ゆかりさんと啓くんの感動的な再会の数日後、青山家では衝撃的な出来事が起きた。
啓くんのお父さん・伊藤宏さん(青山家お抱えの庭師、兼ソムリエ)と、我が妻(予定)香澄のお母さんである青山涼香さん(青山ホールディングス社長夫人)が、突如お屋敷から出て行ってしまったのだ。
『宏さんと私、それぞれのやり残した夢を叶えるため、ここを離れます。至らない妻で申し訳ありませんでした』
などというメッセージを残し、2人は遠く海外へ旅立ったという。
その後すぐに、青山家は新しい庭師を雇い、啓くんはゆかりさんと一緒に暮らすことになった。
「だからって、何もゆかりが会社辞めなくてもぉ!」
夏子さんの声が廊下まで響いてきた…
えっ?…ゆかりさんが会社辞める?…
外回り営業から帰ってきた僕は、その声に愕然とした。
まさかそんなこと…
聞き間違いであって欲しいと、慌てて扉を開けた…