異端児カラス-3
一体、どれだけの血を流せば、私たちは本当にわかりあえるのだろう。
大好きな人にそんな思いをさせてまで、私は彼の側にいる意味があるのだろうか。
私の過去のせいでこれからずっとヤマトが苦しむ姿を見るくらいなら彼と過ごす全ての時間を失うほうがまだマシだ――。
今ならまだ、お互い深く傷つけ合わずに別れられる。
私は、ギュッと目を閉じて、
震える指で「リセットボタン」を押した―――。
別れる意思を一言だけ綴った短いメールは、あっという間に私のケータイを離れて、手の届かない世界へ飛んで行ってしまった。
なんてあっけないんだろう。
ヤマト―――。
恋に落ちるのも、
恋を失うのも、
一瞬なんだね。
突然大粒の雨が騒がしく地面を叩き始めた。
グラウンドが茶色のペンキをぶちまけたようにみるみる色を変えていく。
この窓から放課後のグラウンドを眺めるのが好きだった。
息が詰まりそうな学校の中で、私が唯一呼吸できる場所。
――――ここは
私が一番好きな場所。
いや―――。
私が本当に好きだったのは、この部室なんかじゃない。
私が好きだったのは―――
この窓から見える
ヤマトの姿だったのだ。
たった一人で放課後のグラウンドを黙々と走るヤマト。
教室にいる時や、みんなに囲まれている時には決して見せないその表情。
少し眩しそうに目を細め、時折前髪をかきあげる仕種が、なんだかとても愛おしくて。
まるで何かに追い立てられるように、何かを振り払おうとするように、懸命に走る孤独な姿。
初めてその姿を見た瞬間から、私はヤマトに心を奪われた。
「好き―――」
びしょ濡れのグラウンドを見つめながら、小さくその言葉を口にした途端、不覚にも涙がこぼれた。
片思いをしていた時も、付き合い始めてからも、私はいつもヤマトを失う予感に怯えていた。
私は、幸せになるのが
恐かったのだ。
全て失ってしまってはじめて、私はやっと自分の気持ちに素直に向き合うことができたような気がする。
私はグラウンドに向かってもう一度言った。
「好き―――」
今度は少し気持ちが軽くなったような気がした。
「ヤマトが好き―――」
ずっと抑えていた感情が解き放たれていく。
「ヤマトが―――好き!」
けたたましい雨音に負けないように大きな声で叫ぶと、思いがけないほどの激しい悲しみが、突然堰を切ったように胸の奥からドッと溢れだしてきた。
大粒の涙がボロボロとこぼれて、ケータイの画面の上にパタパタと落ちた。