愛の形-1
『手の冷たい人は心が温かい』
というのは本当だろうか。
今まで気にしたことはあまりなかったけれど――真っ青な顔で倒れているヤナの、氷のように冷たい手を握っていると、それは本当かもしれないと思う。
こんなにも優しく、こんなにも不器用な人に私は今まで出会ったことがない。
「……相原……ごめんな……」
少し意識がはっきりしてきたのか、ヤナがゆっくりと身体を起こした。
以前私が発作を起こした時、同じように二人で玄関に座っていたことを思い出す。
あの頃、私はまだヤナに対してずいぶん警戒心を抱いていた。
ヤマトは『ヤナはほんまに信頼できるエエ奴や』といつも言っていたけれど、私にはそれが理解出来なかった。
ヤナを信頼しているヤマトのことを「お人好しだなぁ」と思ったことすらあった。
でも今ならヤマトの言葉の意味が本当によくわかる。
私のほうがヤナとの付き合いは長いはずなのに、私は今までこの人の何を見ていたんだろう。
相手の本質を見抜くヤマトのリーダーらしい直感力を、私は今更ながら実感していた。
ヤマトと出会わなければ、私はヤナという人をずっと誤解したままだったと思う。
「……頭……いっ…てぇ……」
ヤナは長い前髪をクシャッとかきあげると、玄関の壁にぐったりと背中をもたせ掛けた。
うっすらと血管が浮きでた、意外にたくましい腕。
単なる友人だったはずのヤナの、何気ない仕種の一つ一つが、今はたまらなくセクシーに見えてしまう。
青ざめた端正な顔は透き通るほど白くて、グロスを引いたようにつややかな唇がゾクッとするほど色っぽく見えた。
身体の奥でまだ甘く疼いているヤナの愛撫の余韻。
身体の芯をとろかすようなキスと恐ろしく巧みな指使いに、私の肉体ははしたないくらい反応してしまった。
『今すぐヤナが欲しい―――』
一瞬だったが、確かにそう思った。
私の中のメスの本能が理性から乖離(かいり)し、ヤナという底無し沼に引きずり込まれるような感覚。
ヤナがもし倒れていなかったら、私は彼をたぶん拒めなかったと思う。
「……あんなコトしたから……バチがあたったかな……」
ヤナは自分の手首をぎゅっと握りながら自虐的な弱々しい笑みを浮かべた。
額には脂汗がびっしり浮き出てでいる。
「……痺れてるの?」
急激な過呼吸の発作のせいで、ヤナは軽いテタニー症状に陥っていた。
意識は比較的早く回復したものの、手足の痺れと とてつもない倦怠感が彼の全身を襲っているに違いなかった。
私も何度か経験があるから、その感覚がよくわかる。
自分の身体が自分のものでなくなるような不安感と恐怖。
人にはいつか必ず『死』が訪れるけれど、私たちは日頃それを忘れて生きている。
しかしテタニーが出るほど激しい発作が起きた時には、『死』が全速力で未来から近づいてくるような錯覚に陥ってしまう。
『死』が異様なリアリティをもって自分の背中にぴったりと張り付いてくるのだ。
症状がある程度落ち着くまでは、その不安定な状態がしばらく続く。
今、ヤナを一人にしてはいけないと思った。