疑心-1
ケータイなんてこの世からなくなればいいのに。
そうすれば世界中の痴話喧嘩の何割かは減るんじゃないかと思う。
こんな手の平よりちっぽけな「道具」のせいで、私たちは毎日どれほど無駄なイライラに頭を悩ませているのだろう。
ケータイが――その機能や役割の重さに反比例して――小さく軽く進化していくほど、それにふりまわされている自分がひどく滑稽に思えてくる。
―――私はイライラしていた。
ヤマトのケータイは、先刻から数分間隔で耳障りな振動を繰り返している。
彼のシャツの胸ポケットごしに、着信を知らせる緑のライトがずっとチカチカ点滅しているのが気になってしょうがない。
狭くて静かな文芸部の部室では、マナーモードにしていても断続的な振動音が嫌でも耳につく。
ヴヴッ――ヴヴッ――
これで五回目。さすがにうんざりしながら、私はヤマトに言った。
「ねぇ―――電話出れば?」
いつもなら誰からの着信かを必ず確認するヤマトが、ケータイを開こうともしない。
「……いや。別にええねん。はよ文化祭の話すすめよ」
わかりやすくうろたえるヤマト。私とまともに視線を合わそうとすらしない。
………ヤマトの馬鹿。
もう少しうまくごまかしてよ。
せめて私が傷つかなくてすむように……。
「なんで?出ればいいじゃない?どっちにしても、ヤナが来てからじゃないと話し合いも始められないし」
こういう時私は、はじめから答がわかっていて、わざとヤマトを追い詰めるようなことを言ってしまう。
案の定、ヤマトは明らかに動揺し、困り果てた表情になってしまった。
私にしか見せない無防備なヤマト。いつもはそんなヤマトが愛おしくてしょうがないと思えるのに、今はその無防備さが私を苦しめる。
「……べ、別に、今出んでもええって言うてるやん」
ヤマトは必要以上に乱暴に、ケータイを鞄の中へ突っ込んだ。
そんなヤマトの言葉や行動の一つ一つが私の胸をチクリチクリと痛めつける。
『雪乃さんからなんでしょ?』
のどまで出かかった言葉をぐっと飲みこんだ。