疑心-2
あの花火大会の夜―――。
『ヤマトが私を雪乃たちにきちんと紹介してくれなかった―――』
それだけのことで、私は子供のように拗ねてしまった。
ヤマトが止めるのも聞かずに一人で勝手に帰ってしまった上に、ケータイの電源も朝までずっと切っていた。
感情的な行動をとった私を、ヤマトはきっと怒っていると思っていたのに……翌朝、私の顔を見るなり彼はこう言ったのだ。
「……昨日はごめん……」
胸がきゅうっという音をたててひしゃげていくような気がした。
なんで謝るの?
なんで怒らないの?
『何勝手に勘違いしてんねん』
そう言って怒ってほしかった。
それなのに……
『ごめん』って何?
そんなふうに謝られると、やっぱり昨日、何か後ろめたいことがあったのではないかと疑ってしまう。
拗ねて逃げ出した私を追い掛けてもくれなかったヤマト。
それはヤマトが子供じみた行動をとった私を怒っているからだと思っていた。
いや、そう思い込みたかっただけかもしれない。
あの夜、私がケータイの電源を切っていたのは――
ヤマトから電話が『かかってくるのが嫌だった』のではなく、『かかってこないかもしれないのが怖かった』からだった。
雪乃の姿を見た瞬間から、私はヤマトを失う恐怖に怯えていたのだ。
ヤマトを失えば、私はただのカラスに戻ってしまう。
まるでシンデレラの魔法がとけてしまうように――。
あれ以来、ヤマトと私の間にはずっと気まずい空気が漂っている。
ヤマトは私に何か話したそうにしていたけれど、私はヤマトの口から何を聞かされるのか恐くて、逃げてばかりいた。
だからこんなふうに二人っきりになるのは久しぶりのことだ。
「相原……あンな……」
ヤマトが急に真顔になった。
今日は逃げるわけにはいかないかな……。
このままでいいわけでもないし……。
「………何?」
「この前の……花火ん時……」
『――3年D組、山門彰吾くん、至急職員室まで来て下さい』
突然割り込んできた校内アナウンス。
相変わらずヤマトは忙しすぎる。ゆっくり話をすることもままならない。
私たちにはケンカする時間すら与えられないのか……と情けない気持ちになった。
その一方で、ヤマトの口から決定的な言葉を聞かずにすんで、どこかホッとしている自分もいる。
最近の私たちの状況から考えれば、ヤマトが今から言おうとしていることが、楽しい話のはずがないのはわかっているのだ。
「行ってくれば」
「ごめん相原……あとでちゃんと話すし」
すまなさそうに言って急ぎ足で部室を出ていくヤマト。
ああいう姿を見ていると気の毒なようでもあり、あれが一番ヤマトらしいような気もする。
バタンと扉が閉まると、部室は急に――シン――と静かになった。
この部屋ってこんなに静かだったっけ。
ヤマトがいなくなっただけで、世界から太陽が消えてしまったような気がした。