花火-5
「……セックスなんてなんの意味もないよ」
唐突にヤナが言った。
「セックスなんて意味がない」
そう思えれば、いろんなことが楽になるのだろうか。
ヤマトと雪乃の過去に何があろうとも……
二人が今、何をしていようとも……。
全て「たいしたことではない」と笑えるのだろうか。
「……本当にそうなのかな……」
セックスに意味がないなら、私がヤマトに貰ったたくさんの愛はなんだったんだろう。
あれも全てまぼろしだったのだろうか………。
「……確かめてみる……?」
不意にヤナの身体が私の前に回り込んで、キレイな人形のような顔が目の前に迫ってきた。
焦点のあわない、ほんの少し斜視のかかった瞳。決して自分の本心を人に悟らせまいとするようなその眼差しが、ひどく悲しげに見えた。
「……相原。キスしよっか……」
私はどうすればいい?
胸が苦しいよ。
ヤマト―――。
ヤナの唇が近づいてくる。
透き通るような白い肌。
ヤナの顔って、すごくキレイだったんだな……とこんな状況でもどこか冷静な自分がいる。
ヤナの鼻と、私の鼻が、軽く触れた。
ヤナの吐息は、炭酸飲料の甘い匂いがする。
そっか、そういえばさっきヤナもジュース飲んでたっけ……。
唇が触れそうで触れない距離。
キスしても、しなくても、もうどっちでもいいや―――。
抵抗しようという気持ちは起きなかった。
たぶん今私は、半ばヤケになっているのかもしれない。
両手をだらんと横に投げだし、薄く目を開けて、私は状況に身を任せた。
だが、ヤナは唇を重ねないまま、じっと私を見つめている。
どうするの?
ヤナ?
キスしないの―――?
「キスしたら……俺……たぶんとまんなくなるけど……いいの?」
ヤナの甘い息が私の唇に直接かかって、身体の奥がなんだかウズウズしてくる。
とまんなくなったらどうなるんだろう……。
私たちセックスするの?
そしたらヤマトは笑うのかな?
セックスに意味なんてない。
たいしたことじゃないよって………。
「……そんな……悲しそうな顔すんなよ……」
突然ヤナが深いため息をついて私から離れた。
「そんな顔されたら何もできねえだろ……」
気がつくと、いつの間にか私の頬は涙で濡れていた。
「花火も終わったなァ……」
ヤナはさりげなく、ぷい…と私に背を向けると、フェンスに手をついて、さっきまで花火が上がっていたあたりの空を眺めた。
花火会場から風下に向かって、最後のスターマインの名残の煙が細長くたなびいている。
初めて部室で抱きしめられた時も、私の家の玄関で抱き合った時も、ヤナは最後はいつも紳士的だった。
ヤナは無理矢理犯される苦痛を誰よりもわかっているから、決して私にそんな思いをさせない。
私はそんなヤナの優しさにつけこんで甘えているのかもしれない。
「……相原さぁ」
「ゆかた……似合ってる」
ヤナがそっぽをむいたまま、少し照れ臭そうに言った。
心臓がキュッと音をたてる。
「そろそろ部屋もどるか……」
「……そうだね……」
何もなくてホッとしたような、ほんの少しだけもの足りないような、甘酸っぱい気分になっていた。
まるで、恋に落ちる一歩手前のような……。
ヤナに都合よく甘えているようで、実は彼の手の平の上で転がされているのは私のほうなのかもしれない。
こうしていつしか私は堕ちていくのだろうか……。
緻密に作られたヤナという名の迷宮に。
END