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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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続編/律子その後-10

 その夜絵美は、翔子の告白を読みながら何度も泣かされた。今は幸福な死を成就した人だけに、一緒に働いていた何年かの間、単に人間離れした人ではなく、ごく普通の人だったと分かっていながら、やはり、どこかに謎を秘めていた翔子の実像がようやく明らかになったと思った。そして、律子の揺れる感情の起伏と謎の涙の意味も……。このように愛されたら、自分だって律子と同じような心境になるだろうと、律子の翔子に対する執着を理解することができたのである。

 絵美は、何日かして冷静さを取り戻し、夜遅く律子の部屋を訪ねた。
 律子はいつものように、酔いの力を借りて眠ろうとしているのか、しかし酔うこともできず、ふらつきながらドアを開けた。
「絵美……」
「ごめんねこんなに遅く。でも、今、どうしても律子の顔が見たくなったの」
 律子はふらつきながらも意識だけははっきりしているようだった。しかし、涙の跡は隠しようもなく、毎晩こうして酔いながら泣き、眠れない夜を過ごしていた律子の悲しみを思って、絵美の胸の奥も濡れていった。
「律子……読んだわ、これ」
 プリントの束を律子に押しやった。
「お姉ちゃんのこと……少しは分かってくれた?」
「うん……よーく分かった。絵美が律子なら、やはり同じようになるだろう、と思ったわ……でも……」
「…………」
「私も呑んでいい?」
「好きにして……」
 絵美は空になった律子のグラスにブランデーを注ぎ、一口であおった。
「私にも……注いで……」
「ダメ! もうお止めなさい!」
「呑みたいの……」
「ダメ!……律子。私、これを読んで分かった。あなた間違ってる……」
「間違ってる……って、なによ」
「律子が死にたいと言うほど寂しいのは、私にだって……いいえ、むしろ……私のほうがその寂しさが分かる。苦しさといっていい寂しさ……」
「律子のせいね……」
「いいえ、私の独り相撲よ。だけどそれは同じことなの……私のことはともかくよ……翔子さんの魂は、あなたの中にいるのよ。想い出が大きすぎるのは分かる。でも、このなかで鴻作さんが言っているじゃない。<想い出がある分悲しみを増幅させる、と考えるか、その想い出が自分の中で生きていて、その観念の人がいつも自分を見守ってくれている、という考え方ができる人もいる>って」
「お姉ちゃんはまだ、観念の人じゃないわ。……私を置いてきぼりにして……」
「……でも……でもよ律子……翔子さんとミニョンさんの関係は、これを信じる他ないくらい強い絆だったとして、律子は、その翔子さんの深い悲しみを忘れさせるくらい愛されたのよ……」
「そして……それを思い出させてしまったのも私なの……」
「それが律子のせいだとは、翔子さんは言っていないわ」
「それはそうだけど……それを後悔しているんじゃなくて、お姉ちゃんを失ってしまったことが悔やまれるの……」
「それが間違ってるって言うの。失ったんじゃなくって、翔子さんを蘇らせてあげたんじゃないの? 翔子さんは、きっと律子に感謝していると思うわ」
「どうしてそんなことが言えるのよ。律子に感謝しているなんて……」
「だって……そのまま続いていたら、律子はどうなった? 翔子さんはどうなったと思うの? 翔子さんは自分に苦しんでいた。翔子さんを救えないと悩んでいる律子、その律子を知っている翔子さん……翔子さんは二重の負担を背負うことになるのよ……。翔子さんを二重に苦しめて愛してるって言えるの? 翔子さんは、律子の悩みも分かっていたから、わざと黙ってフランスへ行ったのよ。律子は意識しないまでも、翔子さんを自由にしてあげたんじゃないかな……私、思うの。翔子さんの葬儀の日に、律子は多分こう考えたんじゃないかって思ってた。愛するお姉ちゃんの感覚が蘇ったのを知って嬉しかったんだ、って。なのに……」
「それは絵美の言う通りよ。私では……いいえ、ミニョン以外、お姉ちゃんの喜びを蘇らせることはできなかったって。私の努力なんてどうでもいいんだけど、お姉ちゃんがくれた幸福が余りにも大きいものだから、お姉ちゃんがいない寂しさに耐えきれないの……」
「私では駄目なのね……。律子の寂しさを埋めてやれないのね……」
「…………」


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