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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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続編/律子その後-1

1、律子の嘆き

 邑 律子最愛の人、北白川 翔子は死んでしまった。
 翔子が<自分の分身に等しい人>と言ったミニョン・リシュリューとの心中だった。
 翔子33才、ミニョン40才。南仏エクス・アン・プロヴァンスのクリスマスも過ぎた年末だった。
 橘 鴻作のもとに、ミニョンの妹マルゴからその知らせがもたらされたのは、翔子からのメール添付、フランス語で綴られた<遺言と告白>を、律子が鴻作のために翻訳しているときだった。

 鴻作と律子に宛てて書かれた翔子の告白<Odeurs de la pêche―桃の匂いー>は、日本語に翻訳すると生々しい情感を伴ってしまい、律子は鴻作に読まれるのが面映ゆかったが、翔子はそれを承知で赤裸々に書き遺したのだと思い直し、プリントアウトしたそれを鴻作に渡した。

 律子は、自分こそ翔子の最愛の恋人だと信じていたのに、その自分に知らせることなく、ひとりフランスへ旅立ってしまった翔子が理解できず、2・3日寝込んでしまうほどの衝撃を受けた。
 お互いに愛し合っていると信じていた自分に黙って去ったのは、余程の決心であることは分かる。しかし、そう決心させる原因は何だったのだろう。翔子の苦悩のもとになっている事実について、自分はどれほど知っていただろうか? 律子が信じきっていた翔子の実像が霧の向こうに消えていく悲しみに、あらためて気付かされた衝撃だった。
 誰にも告げずにフランスへ発ってしまった翔子の行動にしても、仮に鴻作から、<翔子がフランスへいってしまうよ>と聞かされるとか、翔子から目の前で別れを告げられたとしたら、律子は泣き叫けび、見苦しく縋り付いて翔子の決心を阻んだであろう。そのことを思うと、翔子のために堪え忍ぶより仕方がないのかと、ソルベイグのように翔子からの連絡を待ち続け、翔子の叫びに苛まれる半年だった。
 
 律子は泣きながら訳し、訳しながら明らかになっていく翔子の苦悩が、ミニョンとの悲惨な別れによって始まり、そのミニョンによって解放されたという記述に至ったところで、律子の疑問は解け、同時に肌が粟立つ感動を覚えた。その感動はまた、翔子の幸せを自分の幸せのように感じられた律子の愛も、決してミニョンに劣るものではなかったと信じることができたことでもあった。
 とはいえ、翔子の死を受け入れるより先に、宇宙にひとり取り残されたような寂寥感に襲われるのは自然のことであった。

 年明け早々に、鴻作と律子は、翔子とミニョンの骨を引き取るためにエクス・アン・プロヴァンスに向かった。

「耕作さん、プルミエールシートなんて贅沢すぎるわ」
「何言ってるんだい。翔子から受け継いだ遺産の額を知っているんだろ?」
「それは知っているけど……」
「翔子がフランスへ発つと決めたとき、一応3億でプラチナカードを作ってやったし、このシートも取ってやったが、翔子はプルミエールシートなんてなんの感激もしなかっただろうな。翔子は、王侯貴族の専用シートだろうと貨物室だろうと、到着地が同じなら何だって同じじゃないの、と言いそうな、そんな超然としたところがある女だったね」
「お姉ちゃん……」
「また泣く……まあいいか……泣くだけ泣いておやり。そのためのプルミエールシートなんだから」

 エアフランスのラ・プルミエールは鴻作と律子の二人だけだった。心地よいエンジンの振動が、翔子との蜜月を回想する律子の身体を苛んでいた。
 長旅の間、律子は、鴻作から翔子の生い立ちや母親との不和、ミニョンとの恋と別れ、そして、絶望を癒してくれる律子を得るに至った翔子の喜びを聞かされた。それは、翔子の告白の間を埋める鴻作と翔子の父、恭孝の目から見た物語であった。
 律子は翔子にどれだけ愛されていたかは疑わなかった。しかし、ミニョンは翔子の分身みたいなもので、ミニョンが死ねば自分も同時に死ぬ運命にある人だと、別れの際に翔子が鴻作に言った、と聞かされると、<私だってそうなのに……>と思った。

 翔子が一途な想いに取り憑かれたように閉じこもってしまったのは、
「Le miel coule de votre trou est odeur d'une pêche(お姉ちゃんの穴から流れる蜜は桃の匂いするわ)」律子が思わずフランス語でつぶやいてしまった後、<もう一度フランス語で言って……>と叫ぶように言った翔子。あの言葉からだった。
 あの日は、フランスの化粧品会社のCFの打ち合わせだった。午前中通してフランス語での会議のあと、昼食会をキャンセルして、<お姉ちゃん>のために、エステティシャンから教えられた秘策を施す予定だった。
 慌てて会社に帰り、そして……、エステティシャンに教えられたように、律子は翔子の体内に初めて指を入れ、そのスポットとやらを2本の指で探った。翔子の体内はぬるく冷めていたが、肉襞が律子の指に吸い付き、生きていた。
 <きっと蘇る……>エステティシャンの教示を忘れてしまうほどの激しい疼きを感じてしまった。
 そして、翔子のソコから滲み出る透明な蜜を初めて見たのだった。


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