仮面-6
誰かに不意に覗かれたような気がして、私は慌ててヤナの手を振りほどいた。
「あーあ。いいとこだったのにね」
ヤナはさほど残念そうでもなく、あっけらかんと言いながらケータイを広げた。
「ヤマト、今から来るってさ」
ヤナは今あったばかりの出来事に何の罪悪感も抱いていないらしく、平然と言いながら床に落ちてしまった本を拾いあげた。
「……あ…その本……」
「返して」と言おうとして、私はその言葉を飲み込んだ。
ヤナが拾いあげたその本は確かに「メメント・モリ」ではあったが、よく見ると私の本ではなかった。
私が持っているものより表紙が色褪せているし、装丁もとれかかっている。
かなり読み込まれているらしく角もボロボロに擦り切れていた。
「………これ……俺のだから」
ヤナは急に都合の悪いものが見つかったかのように本を背後に隠し、ぶっきらぼうに言った。
「……ヤナの?」
「あ……うん……」
ずっとヤナを取り囲んでいた鉄壁のバリアが一瞬消えて、無防備な彼自身が剥き出しになったような気がした。
孤独感に追い詰められ、生きているのが苦しくなった時、私がいつも読んでいるその本。
クラスの女友達からは「何その本?気持ち悪い」と言われたこともある。
でも―――ヤナは……好きなんだ……この本。
たったそれだけのことなのに、不思議なくらい親近感を感じている自分がいる。
私たちはしばらく沈黙したまま見つめ合った。
嫌悪感や恐怖感とは違う――かといって友情や好意という言葉だけでは説明のつかない感情が私の中に芽生えていた。
ヤナは―――
私と似ているのかもしれない。
そんな気がした。
外はいつの間にか日が落ちて、燃えるような夕焼けが部室を真っ赤に染めている。
遠い空でカラスが鳴いていた。
END