仮面-5
本がバサバサと痛々しい音をたてて床に落ちる。
「や……やめてっ!」
保健室での出来事が頭に蘇って、私は恐怖のあまり身動きが出来なくなってしまった。
ヤナの、人形のように整った顔がすぐ目の前にある。
とても陸上部だとは思えない病的なほど白い肌からは、たった今シャワーを浴びてきたかのようなソープの香りがふわっと漂ってきた。
乱れた前髪の下から垣間見える瞳は、間近で見るとごくわずかだが斜視がかかっている。
「……離して……」
「腕……痣になったね……」
ヤナは私の手首の痣を見つけると、冷たい親指でその部分をゆっくりと撫でた。
たったそれだけのことなのに、嫌悪感と快感がないまぜになったような感覚が全身を貫く。
「……ん……あっ……」
私が思わず甘い息を吐くと、ヤナは私の肩に手をまわしてなおも強く私を抱き寄せ、その紫の刻印に薄い唇を押し付けてきた。
「や…やめて……」
私は思わずぎゅっと目をつむった。
手首に唇が触れているだけなのに、ありえないくらいに感じている自分がいる。
ヤナに腕をつかまれた時から全身の感覚が敏感に研ぎ澄まされたような気がしていた。
「……ヤマトより気持ちよくしてやるよ……」
手首の痣にヤナの舌が這い回る。全身の性感帯がそこに集まってしまったかのように、異常な快感が私を襲っていた。
「……あっ……ハアッ……」
まるで手首から毒を注ぎこまれたように私の身体は甘く痺れていく。
「……んっ……あっ……」
触れられてもいない淫裂から愛蜜が溢れ出してくるのを感じた。
目の前にぶら下がっている快楽に私の理性は混濁し、メスの本能がオスを求めて咆哮する。
ヤナは私の肩を抱いていた手をすばやく背中にすべりこませてきた。
ぞっとするくらい冷たい指先が、あっという間に背中のホックを外す。
乳房が急に締め付けを失い、まるで全身が裸に剥かれてしまったかのような羞恥心で、身体がカアッと熱くなった。
「今生理なら……好都合じゃん」
ヤナの囁きの意味するコトに、肉体がはしたないほど反応してしまう。
ダイナミックに背中を這うヤナの指先。
女体の全てを知り尽くしたような的確な愛撫。
「……あっ……あああっ……ああっ……」
我慢が出来ずに甘い声を漏らしてしまったその時――。
ヤナの胸ポケットに入っているケータイの着信音が鳴った。