孤独-2
シャワールームで汗を流し、俺は急いで文芸部の部室に向かった。
本館から渡り廊下を渡った先にある小さな部屋。
扉をノックアウトすると中からくぐもった返事が聞こえた。
「……はい……」
そっと顔を覗かせると、部屋の一番奥のボロボロの長椅子に、相原博美がぽつんと座っていた。
「……ヤマト……」
俺がここに来ることが半信半疑だったらしく、顔を見た途端、相原は軽い驚きと安堵の入り混じった複雑な表情になった。
俺が陸上部に顔を出していた一時間あまりの間、相原はこの静かな部屋の中、一人ぼっちで不安をつのらせていたのだろうか。
ひどく思い詰めたような顔で、目にはうっすら涙を浮かべているように見える。
ヤバイ。
んな無防備な顔すんな……
理性きかへんようになるやろ。
昨日の記憶が一気に蘇ってきた。
相原の身体の柔らかい感触と甘い吐息の香り。俺に唇をゆだねていた悩ましげな表情……。
「ごめんな……だいぶ待ったか?」
俺はとっておきの「サワヤカナエガオ」を作って相原のすぐ隣に腰をおろした。
ほんまは今すぐにでも抱きしめたい。
「……ヤマト……近いよ……」
相原の顔が急にこわばり、困惑したようにお尻を反対側へずらす。
昨日は俺のキスであんなに感じてたくせに……。
あれはお前にとってほんまに単なる「ごほうび」やったってことか?
「陸上部は?」
俺と目を合わさずにうつむいたまま相原が聞いてくる。
「ああ……うん。今日はええねん」
ヤナに嘘をついて部活をサボって来たことが後ろめたくて曖昧にごまかしたが、それも相原には見透かされそうな気がした。
黙りこくる相原。
俺に言うべき言葉を慎重に探している横顔。
まっすぐな長い黒髪。
透き通るほど白い肌。
ほんまに……
むっちゃキレイやな―――。
こんなにキレイなコやのに……転校当初俺は、クラスの中の相原の存在にしばらく気付いていなかった。
それくらい完璧に、相原は教室では気配を消していた。
相原は俺が知っているどんなタイプの女子にもあてはまらなかった。
彼女は恋愛にもアイドルにもテレビにも興味がない。つまり、女子高生が仲間と群れる時に必ず必要となる「共通項」を何ひとつ持っていない。
教室の中の女子は皆、必ずどこかの「群れ」に属している。
そしてどの「群れ」に属するかということが、彼女たちの学校生活の中でかなり重要な意味を持っている。
しかし相原は「群れない」ことを選んだ。
誰にも迎合しない代わりに自己主張もしない。
学校という狭い世界の中で彼女のような「異端児」が生き残るには、そうするしかなかったのかもしれない。
授業中も放課後も、相原は教室ではいつも独りですごしていた。