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さよならの向こう側
【悲恋 恋愛小説】

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第四章 昭和十一年〜桜〜-2

あぁ、勢いでこんなに買い込むんじゃなかった。
先程の母様とのやり取りで気が滅入っていたとはいえ、自分の浅はかさには嫌気がさす。
険しい表情を浮かべながら、片手にお米、片手に味噌と醤油をぶら下げ、私は家路をとぼとぼと歩く。
母子二人の生活にしては裕福な日常を送る私たち親子は、住んでいるのも町を見下ろす高台の一軒家で。
きっと、それら全てにおいて私たちの生活は、父様からの援助で成り立っているのだろう。
母様は、常日頃から何かある度にああやって『もう父様は来ないんじゃないか』と泣くけれど、それは愛情だけではなく、見捨てられたら生きていけないという不安もあるのだろうと私は思っている。
(…情けない人)
私は、早く大人になりたい。
母様の元で、父様から与えられる自由しかないこんな生活からは、なんとしても抜け出したいのだ。

「もう、重たいなぁ」
痺れる両手に限界が来て、まだまだ続く高台の自宅への一本道を見上げながら、私は、とりあえず山ほどの荷物を道の端に下ろした。
脇を走り抜けたオート三輪の舞い上げた砂埃が憎い。
恨みがましく見つめたその先で、予想外にオート三輪は急停車した。
(………?)
「おハルじゃないか!」
運転席から降りてきたのは、日焼けした浅黒い顔に眼鏡を掛けた男の人。
「百瀬町長!」
身のこなしも軽く駆け寄っくるよく見知った存在に、急に心は軽くなった。
「…こりゃまた、子どもには酷な量の荷物だなぁ。お袋さんはどうした?」
「父様から手紙が来て…ちょっと気分が良くないみたいで」
「…そうか」
軽くため息をつきながら、町長さんは私の頭をポンポンと軽くなでる。
この人は、この町で私たち親子の事情を知る数少ない協力者だ。
三年前、父様があの家を建てる際に、今は東京にいる自分の妾とその子どもを住まわすからよろしく頼むと挨拶に行ったらしい。
つい最近、その話を母様から聞いた時は、東京の、軍ではどうやらそれなりに重要なお役目に就いているらしい父様が、そんな恥知らずなことを頼みにいく厚かましさに辟易したけれど、町長さんは『それだけお前とお袋さんを大切に思ってくれているんだよ』と言ってくれた。
そうしてこの三年間、父様の自分勝手な依頼に対して、きっと、願ったそれ以上の援助をこの人はしてくれている。
『お偉い軍人さんのお妾さんとその娘』である私たち親子が、周囲の人たちから好奇と軽蔑の眼差しで見られながらも何とかこの町で生活ができているのは、この百瀬町長が庇って世話をしてくれているおかげなのだから。

「ハル、父様の身に何かあったのかい?二月には、あんな大きな事件があったばかりだからな」
「いいえ、本妻さんが娘さんを産んだんだそうです。だから、あの人は父様がもうこっちに来てくれないんじゃないかって泣いてるんです」
一瞬、返す言葉に詰まったらしい町長さん。
ごまかすように小さく咳払いする姿が楽しい。
あぁ、こういう人が身近で父様と呼べる存在だったなら、どんなにか嬉しかったことだろう。
「…ハル。お袋さんのことを『あの人』なんて言ってはいけないよ。それと、お前はまだ子どもなんだ。もう少し我がままになってもいいんだよ」
「―――…」
我がまま。
我(ワレ)がままに生きることが許される、それを子どもと言うのなら。
私は。
「…町長さん。母様と暮らしている限り、私は子どもではいられない」
百瀬町長は、その浅黒い顔を悲しそうに歪ませた。
ありがとう、町長さん。
その気持ちだけで、嬉しかった。
「…家まで送っていこう」
道に降ろしたままの荷物を抱えて、町長さんは先にオート三輪へと歩き出した。


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