春の陽だまり-3
智美が通されたのは明るいダイニングキッチン。
物が整然とならび清潔な感じがする。
テーブルにはイスが4脚。
テーブルの中央にレースが敷いてあり、その上から透明のビニールが掛けてある。
窓際に淡いブルーの瓶が鮮やかに光を通していた。
「まあ、すわりなよ」
遥はシンクの所にレジ袋を置き、智美にイスを勧めた。
智美は床にカバンを置くとイスに座った。
「綺麗なんですね。使いやすそう」
「ここは俺のテリトリーじゃないから。俺の部屋はグチャグチャなのでお見せできません」
肩をすくめながら答える。
いつも母親に『入られたくないなら自分で片付けなさい』と怒られている遥。
少しばかり頭が痛かった。
「レギュラー。あるなっと。……フィルタも…ある」
ばたばたとあちこちの棚を開けるたび、テーブルの上に道具が並んでいく。
出てきたのはサイフォンだった。
「本格的。なんでサイフォンとアルコールランプがあるんですか?」
「ねえちゃんがマイブームで使ってたんだよ。そんなもんがあったの忘れてたんだけど、アルコールはそのまんま入ってるし、淹れてみようかと思って」
水を入れ、コーヒーの粉を入れる。
アルコールランプからあざやかな炎がゆれる。
遥は手際よくセットを完了させた。
「わあ、綺麗。アルコールランプなんてかなり久しぶり。化学の実験の時しか見ないし」
「あーっと。ミルクは粉のしかありません」
冷蔵庫を見ていた遥が声をあげる。
ポーションは切らしているらしかった。
棚を開けてミルクパウダーの瓶をテーブルに置く。
「あ、いいですよ。気にしないでください」
「砂糖はこれね」
スティックに入った砂糖がテーブルの上に置いてある。
遥は入れ物ごと引き寄せる。
そして、智美の正面のイスを引いて座った。
「これ、撮っちゃお」
ゆらゆら揺れるアルコールランプの赤身を帯びた炎が本当に綺麗だった。
彼女は先ほどのデジカメを持っていた。
「ケイタイじゃないんだね」
写真部といってもケイタイを使っている人が多い。学校から貸し出してもいるが彼女のコンデジは自前だ。
「お年玉で買ったんです。やっぱりプリントアウトすると違うんですよ。ケイタイもトイカメっぽくっておもしろいですけど、それだったらレタッチで加工した方が面白くて。……あ、先輩も撮りましょうか?」
「え?いや、俺はいいよ!」
遥はあわてたように手を振った。
が、既に智美は密かに撮っていた。コーヒーを準備する彼の後ろ姿を。
彼女のデジカメはシャッターを押したおりに音が出ない設定にしてある。
隠し撮りをするためではなかったが。
もっと言えば、美術室で何度が撮っている。
遠くからズームで撮ったので遥はそれに気づいていない。
サイフォンがこぽこぽと音を立てている。
コーヒーの香りが立ちこめる。