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『冬の中のあたたかさと優しさ』
【青春 恋愛小説】

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『冬の空は厚い雲に覆われて』-2

〜ひさぎside〜

たったガラス一枚を通して見る外は、まるで違う世界のように見える。軽快な音楽の響くCDショップの店内は暖かく、しかしどこか薄っぺらい空気が漂っていた。
目当てのCDを手にとってレジへと向かう。また財布の中が寒くなるな、と思いながらも、代金を払って、ビニール袋に入った商品を受け取り、綺麗に磨かれたガラスの自動ドアをくぐって外に出た。
寒い。
やっぱりマフラーくらい巻いてくればよかったかな。と少し後悔した。
こんな寒い日には寄り道は無用だ。冷たい風に首をすくめつつ、駅へと向かって少し早足で歩き出した。
「ひさぎ?」
と、突然自分の名前を呼ぶ声に、僕は驚きながらも反射的に振り向いた。
「やぁ、何してるの、一人で?」
その声の主はよく知った相手。榎奈だった。
「ちょっとCDを買いに。」と、僕は右手に提げたビニール袋を上げながら言った。へぇ、と相槌を打つ榎奈。
それにしても
「何故か榎奈にはよく後ろから突然話しかけられるな。」
「ストーカーですから。」榎奈は真面目そうな顔でそう言った。僕は、ははっ、と発音が不自然にハッキリした笑いでそれに答えた。榎奈はあんまり冗談のセンスがよくない。
「で、榎奈は?何しに来てるの?」
「ちょっと買い物に。」
見ると、榎奈も手に紙袋を提げている。
「ひさぎは今から帰るところ?」
「ああ、榎奈も?」
「うん。じゃあ一緒に乗ろうよ、帰りの電車は。」
「あ、うん。」
その大きな目で顔を覗き込まれて、僕は少しうろたえてしまった。
少し前、秋の日、あの日の中学校のグラウンドでの一件以来、僕は榎奈に接するのが苦手になってしまった。なんとなくぎこちなくなってしまう。まるで中学生、そう、あの、恋をしていたときに戻ってしまったみたいに。
いや…
みたいに、じゃないな。
「あっ。」
急に榎奈が小さく声をあげた。
「どうした?」
「雪。」
少し顔を上にあげて榎奈が言った。
「あ、本当だ。また降ってきちゃったか。」
白くて乾いた軽そうな雪がパラパラと降ってきている。
その小さな粒達をぼんやりと眺めながら、榎奈は白い息をふわっと吐き出す。
「寒いねぇ…。」
榎奈が僕のほうを見て言ったのは気付いたけど、何故か照れくさくて、僕は視線を前に向けたまま、ただ
「寒いね。」
とだけ返した。
すると榎奈は何故か嬉しそうに笑った。
「俵万智、だね。」
「は?誰それ。」
「知らない?『寒いねと話しかければ寒いねと答える人のいるあたたかさ』って。」
五七五七七。短歌、か。和歌?どっちでもいいんだっけ。でもとにかくそんな歌聞いたことは無い、と思う。僕は首を振って「知らない。」と言った。
「おかしいな。中学で現文のとき習ったはずなのに。」
首をひねりながら榎奈が抗議する。
「残念ながら、中学のときは現文の時間は主に睡眠時間だったから。」
ふぅ〜ん、と榎奈は不服そうに口をとがらせた。
「でも、いい歌だと思わない?寒いねって言ったら、寒いねって言い返してくれる人が隣に居る。それだけで暖かくなれる。なんて。」
解釈はそれであってるのかな?と一瞬疑問に思ったけど、そんなことどうでもいいか。こういう歌っていうのは聞いた人それぞれがそれぞれの解釈をするものだ。
「でも、俺は別に、その心理はよくわからないな。」僕がそう呟くと、榎奈は小さく反論した。
「私はなったよ。暖かい気持ちにさ。」
僕の顔を、いたずらっぽい笑顔で覗き込みながら。
「ふぅん。」
ただそれだけしか返せなかった。


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