『ケセナイキズナ《前編:For Sacred Goddess》』-9
綴説/No Remember
違う。違う。こんなの、思い出じゃあない。僕じゃあない。
「……さぁ、ね」
「お前……!」
光輝の瞳が怒気を孕む。
それを冷たく見つめる僕が、彼の瞳に映っていた。
彼の歯を食いしばる音が聞こえる。
「離してくれないか。『ここ』にはもう、何の価値もない」
それを聞いた光輝は舌打ちをしながら、肩から手を離す。
僕が玄関へと向かっていくと、彼らもついてきた。
「ふざけやがって!」
だん!
光輝が壁を殴っていた。
それに反応せずに僕は戸を開ける。
「あの約束も、覚えてないのかよ?」
ぴたりと足が止まる。そして彼に振り返る。
いいのか。このまま嘘をついても。いいや、そもそも、これは嘘なのか。だって、あれは……最近のことじゃあない。そんな訳ない。
まるで胸を締めるような思い出なんだ。これは過去だ。遠い、遠すぎてもう……色褪せそうな……思い出なんだ。
何も言えずにいると、彼は深く溜息をついた。
「もう、いい」
哀惜を込めた言葉は、地面に落ちるように低かった。
肩を落としている彼の後方から玲奈がゆっくりと現れる。
とくっ、と心臓が小さく鳴った。
消える人。病院。見えない自分。痛い。体が引き裂けるような苦しみ。骨の溶けそうな雨。失望した瞳。
事件のときの記憶だろうか。