Unknown Sick-79
「何か言いたそうだな」
「たくさん……言いたいよ」
でも言えないんだ。ごめんね。
「そうだ……正和、私の会社で働くのは楽なことじゃないぞ」
姉は唐突に話題を変える。
「お前は私の弟だ。だから私は厳しくする。仕事ができなかったら、容赦なく叱る。それだけじゃない。残業だって山ほど出してやる」
「はは……」
「藤堂と結婚しても、忙しくて家に帰れ……ないかもしれん……ぞ」
泣きたいのだろう? 泣いてもいいんだよ。俺にはもう未来なんてない。だから、言いたいことを俺にたくさん言いなよ。全部持ってって行ってあげるから。あなたの悲しみも、苦しみも……全部。
「泣いても……いいよ」
「……!」
姉さん、愛しているよ。こんなに素晴らしい家族はどこを探したって居やしない。こんなにも優しい家族は居ないよ。
「正和……」
姉の瞳からは、大粒の透明な宝石が零れ落ちる。それは夕日に反射して、綺麗に光って、とても……愛しい。
「ごめんね……ごめんね」
謝る必要なんてない。あなたは精一杯にやってくれたから。
「お前を助けてやりたかった。お前を救ってやりたかった」
「そうだ……」
思い出した。
「俺の望むこと……なんでもしてくれるんだったよね?」
「正和……」
やっとわかった、俺の望むこと。
「えぇ、何でもしてあげるわ」
「俺のこと……」
姉さん……こんなこと言わなくてもあなたは叶えてくれるってわかってる。でも、言わせてもらうよ。
「忘れないで」
涙が急に溢れる。自分が今言ったことはとても残酷だ。でも……お願いだ。心の片隅にでも置いておいてくれ。正和という愚かな存在を。たくさんの人を傷つけて、人の優しさに気付けた俺を。あなたの弟を。
「忘れるものか! 私のたった一人の家族、たった一人の弟のことを!」
あぁ……嬉しいな。こんなにも俺は愛されている。藤堂だけじゃなく、姉さんにも、雅也にも……。人に愛されることがこんなにも嬉しいなんて……。
「幸せだよ」
「そうか……」
「愛する人たちに囲まれている俺は」
そう言って俺は、二度と目覚めないかもしれないのに、ゆっくりと瞼を閉じた。